SUZI QUATRO のヒットソング、そして、 その曲と一緒に歩んだ70年代前半

 
スージーが、モータウンサウンドに夢中だったハイティーン時代、
私は他のロックファンと同様ビートルズやローリングストーンズがお気に入りだったのですが、
インプレッションズやシュープリームスといった黒人達の音楽も同じように好きでした。
 
その頃、将来イラストレーターに成りたかったわたし。
イラストレーターじゃなく、単にスタイル画・画家?
その頃のファッション雑誌といえば、「ドレスメーキング」「装苑」「若い女性」といった物で
付録に型紙が付き裁縫図とともに、完成スタイルが、イラスト付きで載っていました。
 

Quatro first    Quatro second     Quatro third


スージーがイギリスに渡った頃、私は写真専門学校の学生。
わずか2〜3年の間にファッション雑誌の世界は「アンアン」「ノンノ」の時代に変り、
イラストでなく動きのある写真でそのスタイルを読者に示すように成っていたのでした。
写真学校では、女の子ふたりだけで他はみんな男性。
この学校卒業したからカメラマンに成れるかと言えばそうでもないわけです、
結局普通の社会人。以後、お給料の殆どがレコード代に変ってしまう生活が続きました。
 
マークボランのTレックス、デビッドボウイといったお化粧した男達が
ロック界の先頭を走っていた頃、スージーの進撃は始まりました。
「キャンザキャン」「グリセリンクィーン」「48クラッシュ」何故かコピーは<サディスティックロックの女王>!
革ジャンやジャンプスーツに身を包み男っぽいスージーと化粧したグラムの騎士たちに
マスコミは「性別の逆転現象」と 驚いた。
その頃、性別を区別される事に反抗していた私はどちらも好きでした。


Quatro early best       Quatro fourth


続いて「悪魔とドライヴ」「ワイルドワン」「恋するヤングガール」が '74〜'75年にヒット初期スージーの曲のなかでのR&Rベスト3。
「ワイルドワン」にはシングルヴァージョンとアルバムヴァージョンがあり、今でも聴くのはシングルヴァージョンの方です。
20歳を越えた彼女はこの10代後半の女の子の歌詞を、なお背伸びして歌っている14歳〜 15歳の女の子のように唄っていましたが。地そのものだったのでしょう。
私の精神状態も殆ど同じで20何歳越えてまだ「夢みる十代」を歩いていたみたい。
とにかく、おとなに成れなかった、成ろうとも思わなかった、成りたくはなかったといった感じでした。
その後、「恋はドッキリ」「やさしくスマイル」「スリルがいっぱい」と相変わらず快調に女王として走り続けています。
同時に発売された「AGGRO-PHOBIA(クアトロ白書)」。この中に、すべてのスージーソングの中で私の一番好きな曲「アメリカンレディ」があります。
彼女が詩を書いているのですが
【i've been around every single town London from Tokyo.. I seen the world from inside out and what I want know. Where did all good times go? Where can we play our R&R. I'm goin' home again,Startside is where I'm bound.】
おセンチに切なく唄うスージーに、私はこの曲で涙しました。
この後【ameriican lady, good old american child.〜i want you,america! i need you,america!】 と続き一生懸命、つっぱって強い、やんちゃな娘っこだった彼女が、
とても可愛く、素顔を表へ出した・・・子供から女へ変身して行くスージー。一緒に歩んでいたと思っていたのに。
わたしはなかなか変身しきれぬまま・・・
この1975年以降、私は彼女の後を歩いて行く、置いてきぼりにされないように。
 

・・・つづく
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