Oldies Pops
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 `50〜60年代の所謂オールディーズ・ソングです。

Dream Lover Stand by Me When a Man Loves a Woman A Tennnager in Love It's Alright
Spirit of America To Know Him Is to Love Him My True Love To Sir with Love I Only Want to Be with You
I'll Remember Carol Who Put The Bomp War Paint The Millionaire Runaround Sue
Priscilla Sheila Cutie Pie The Young Ones I'm into Somethin' Good
Johnny Get Angry Rhythm of the Rain Runaway Lonely Soldier Boy Freckle Faced Soldier
Twenty Ten Walk Like a Man Carrie Anne Karen I'm A Believer
A Little Bit Me, A Little Bit You Siomn Says Sukiyaki Kathalene Dream Girl
Hey Little Cobra Gone G.T.O. Little Honda Surf City
Hanky Panky Little Darlin' Dear One Judy's Turn to Cry You Don't Own Me
Summer Means Fun Little Woman You Can't Hurry Love Love Child Old Enough to Love
Good Timin' Rubber Ball Le Swifflet des copains Une Écharpe, Une Rose Le Gendarme de Saint-Tropez
In un Fioee Dans Le Même Wagon Lana Oh, Pretty Woman Maybe Baby
Cinderella In the Still of the Night A Thousand Mils Away Having a Party Roll Over Beethoven
Blue Suede Shoes Mama Rock Will You Willyum You're Driving Mad Rock Your Little Baby To Sleep
Summertime Blues 24,000 Baci I'm Gonna Be Warm This Winter Like I Do Susie Darlin'
Don't Treat Me Like a Child I Love How You Love Me Navy Blue Over and Over Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polka-Dot Bikini
Mr. Bass Man A Lover's Concerto I Can't Let Go Listen People Don't Go Out into the Rain
Bus Stop California Dreamin' So Much Love Blue Canary You Look So Lonely

 ※Cover Singer (Group) 部分の緑字は持っていない音源

Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Dream Lover Bobby Darin (from 1959's Single) Dion (1961's Album)
The Paris Sisters (1964's Album & Singles)
Ricky Nelson (1979's Single)
Tanya Tucker and Glen Campbell (1980's Album)

& Others
Bobby Darin

 この曲はオールディーズ・ソングを聴き漁っていた時期にDion(ディオン)の歌で知りました。 その後、ボビー・ダーリンのオリジナルも聴きましたが、テンポが若干ゆっくりのボビー・ヴァージョンの方が好きに成りました。ボビーのオリジナルはBB誌全米2位ヒットでした。
多数あるオールディーズ・ソングの中でわたしのTop 3に入いる一曲です。

Bobby Darin SinglesParis Sisters Dream Lover



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Stand by Me Ben E. King (1961's Single) Little Milton (1965's Album)
The Walker Brothers (1967's Album))
John Lennon (1975's Album & Single)
Tommy Tate (2008's Album)

& Others
Ben E. King, Jerome Leiber, Michael Stoller

 Top 3に入る曲二曲目は "Stand by Me" 超有名曲でカヴァー・ヴァージョンは数百と言われています。どんなに有ろうとこのオリジナル、ベン・E・キング盤が最高で愛着があります。BB誌4位ですが、R&Bチャートでは1位のヒット、`86年同名映画が製作された際に再発されて日英で1位になるヒットでした。ベース音でひたすら流れる特徴的なコード進行が印象的で携帯電話初期に着メロにしていました。
 ジョン・レノンのはやはりロックアレンジに成っていますがそれはそれで良い感じです。ソウル系では`66年の録音ながら`08年に成って初めて発表されたトミー・テイトの伸びた高音が聴き物のヴァージョンが好きです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
When a Man Loves a Woman (男が女を愛する時) Percy Sledge (1966's Single) The Spencer Davis Group (1966's Album)

Bette Midler (1979's Album)
Michael Bolton (1991's Single)
& Others
Calvin Lewis, Andrew Wright

 パーシー・スレッジのデビュー・ヒット曲で、カントリー調ながら黒人シンガーらしいソウルフルなヴォーカル、そして哀愁あるメロディー。多くのカヴァーがあり本家とマイケル・ボルトンヴァージョンがBB誌HOT100で1位に成っています。後々まで歌い続けられのが確実な名曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
A Tennnager in Love (恋のティーンエイジャー) Dion and the Belmonts (from 1959's Single) Helen Shapiro (1963's Single)
Connie Stevens (1965's Single)
Dolenz, Jones, Boyce & Hart  (1976's Album)

& Others
Doc Pomus, Mort Shuman

 ディオンはデビュー時コーラスグループ、ベルモンツと一緒にレコード発表をしていました。そのディオン&ザ・ベルモンツの5枚目のシングルがこの "A Teenager in Love" BB誌5位のヒットでした。この曲がヒットしていた`59年春〜夏はデイオン19歳の終わりころ、十代の恋心を歌える最後の時代でした。(彼は`39年7月生まれ)
 たわいないそして甘い恋の悩みの歌ですが、オールディーズ・ソングの殆どがこのような十代の恋の歌。どこかに懐かしさを感じてしまう曲がその魅力でしょう。この曲もTop 3のうちの一曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
It's Alright The Impressions (1963's Single) Steve Winwood (1994's Album)

Etta James (1967's Album
& Others

Curtis Mayfield

 ジ・インプレッションズは大好きなR&Bコーラス・グループです。とにかく良い曲が多くてコーラス・ワークが素晴らしく`60年代コーラス・グループの中では一番好きです。その中でも最初に気にったのがこの曲でした。
 (サム・クックの`61年ヒット曲にも同名曲がありますが、異曲です。ただこのサム・クックの曲も良い曲で大好きです。)
この曲の作者でリード・ヴォーカリストのカーティス・メイフィールドは二代目のリード・ヴォーカリストですが、彼の在籍時が最も多くのヒットを生んでいました、ソロに独立後もヒットを出し続けたR&B界のレジェンドです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Spirit of America The Beach Boys (from 1963's Album "Little Deuce Coupe") Brian Wilson / Roger Christian

 `60年代前半のアメリカ東部では黒人のコーラス・グループが主でしたが西部 (主に西海岸周辺) ではサーフィン・ミュージック系の白人コーラス・グループが主でした。その中で一番人気が有ったのがビーチ・ボーイズ。アップテンポの曲が多い中でこの "Sprit of America" は黒人のドゥ・ワップスタイルを取り入れたコーラスでブライアン・ウィルソン作品の中で一番好きな曲です。ファルセットも使われとても綺麗な曲です。
 


Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
To Know Him Is to Love Him (逢った途端にひとめぼれ) (つのる想い) The Teddy Bears (1958's Single) The Paris Sisters (1962's Single)
Peter & Gordon (1965's Single)
Dolly Parton, Linda Ronstadt, and Emmylou Harris (1987's Album)
The Beatles (1994's Album)

& Others
Phil Spector

 `60年代に多くのヒット曲を生み、ビートルズ関係とも縁の深い名プロデューサー、フィル・スペクターが初期に結成したトリオ・グループ The Teddy Bears の全米No.1ヒット。甘くドリーミィで秀逸なティーン・ポップスです。この曲もカヴァーソングが大量に存在していまして、とても全部を追いきれません。ただ残念なことは、スペクターは`03年に殺人罪で起訴され、`09年終身刑判決で以降は監獄暮らし。それでも彼がポップス界に残した功績は消えることはありません。`91に功績を称えた4枚組Boxセットが出ています。
 (追記:`21年1月16日、獄中で亡くなったそうです)
Phil Spector BOX


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
My True Love Jack Scott (1958's Single) Jack Scott

 ジャック・スコットはカナダ出身のシンガーでオールディーズ・ファンには人気のシンガーですが、それは "Cry, Cry, Cry" のシングルが日本で発売されてからの事でした(日本でのみヒット)。 "Cry, Cry, Cry" は勿論オールディーズ・ソングとして好きな曲の一曲ですが、それよりも以前に発表されていてアメリカでBB誌3位まで上ったカントリー調でドリーミィーなこの "My True Love" の方をジャック・スコットの代表曲に推したいです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
To Sir with Love (いつも心に太陽を) Lulu (1967's Single) Al Green (1978's Single)

& Others
Mark London / Don Black

 シドニー・ポワチエ主演の(1967年製作) 映画主題歌。甘い十代の恋の歌ではなく、黒人先生と白人の不良生徒高校生達の反発から愛への移行を描いた感動作です。`60年代は現在とは比べ物にならないくらい肌色による人種差別が激しい時代でした。この映画もアメリカではなくイギリスで作られています。主題歌を歌ったルルもイギリスのシンガーです。そしてこのシングル盤は全米1位を5週にわたり維持し年間ポップシングルの1位にもなりました。主題歌と映画作品、どちらも大好きです。
To Sir With Love LuluTo Sir With Love Al Green 


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I Only Want to Be with You (二人だけのデート) Dusty Springfield(1963's Single) Bay City Rollers (1986's Single)
Samantha Fox (1988's Album)

The Tourists (1979's Single)
& Others
Mike Hawker / Ivor Raymonde

 好きなオールディス・ソングは勿論、ドリーミィタイプや感動タイプばかりではありません。ティ−ン・ポップスの良さを存分に表した明るい曲にも好きな曲が沢山あります。
 "I Only Want to Be with You 二人だけのデート"、後に大歌手になる英国女性シンガー、ダスティ・スプリングフィールドのデビュー・ヒット。ダスティ盤、カヴァーしたツーリスト、ベイシティ・ローラーズそれぞれすべて全英4位のヒットで、ダスティとBCR盤はアメリカでも12位になる奇妙な結果に成っていました。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I'll Remember Carol Tommy Boyce (1962's Single) Tommy Boyce

 トミー・ボイスはボビー・ハートと組んで [Boyce and Hart ボイス&ハート] としてBB誌Top10以内のヒットも出していますが、モンキーズの楽曲の作者として有名に成ったデュオのうちの一人でソロ時代に発表した曲。もう一曲 "A Long Came Linda" という曲もよいのですが、こちらの "I'll Remember Carol"の方が好きなのでこちらをチョイス。アップテンポのティーン・ポップスとしては忘れられません。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Who Put The Bomp (シビレさせたのは誰?) Barry Mann (1961's Single) Showaddywaddy (1982's Single)
& Others
Gerry Goffin, Barry Mann

 後に奥様のシンシア・ウェイルと組んで [Weil = Mann] 名義で数々のヒット。ソングを生むソング・ライター、バリー・マンがソロで出した曲で唯一の全米ヒット曲。`61年にキングレコードから邦盤が出たときは "シビレさせたのは誰?" と?マークが付いていたのですが、その後?マークが外した邦題で定着したようです。
 日本での人気は本国以上でオールディーズ・ファン必聴の名曲です。
作詞はキャロル・キングの旦那様で夫婦で [Goffin = King] 名義で多くのヒットソングを出した作詞家、ジェリー・ゴフィン。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
War Paint (ウォー・ペイント) Barry Mann (1961's Single) Howard Greenfield、
Barry Mann

 バリー・マンがABC Paramount で出したシングル盤の第一弾がこの曲でした。作詞家のハワード・グリーンフィールドは ニール・セダカと組んで "Calendar Girl" 等多くのヒット・ソングを出した`60年代超有名作詞家。バリー・マンがABCパラでレコーディングしていたのは20歳か21歳頃で既に十代を超えていましたが充分にティーン・ポップスとして認識できますし、この曲もオールディス・ファン人気の曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
The Millionaire (ザ・ミリオネアー) Barry Mann (1961's Single B side of Happy Birthday Broken Heart) The Dakotas (1963's Single- B side of The Cruel Surf)
& Others

Mike Anthony、Barry Mann

 この曲もバリー・マンがABC Paramount 時代に出したシングル曲の一曲で "Happy Birthday Broken Heart" のB面扱い曲。アップテンポでなくじっくりと歌い上げる曲で彼が`70年代にシンガー・ソング・ライターとして再々デビューしてからの曲調がここで垣間見れます。忘れがたい曲です。作詞はマイク・アンソニーでバリーが十代の時に組んでいた人で、ダイアモンズの "She Say" というヒット曲をコンビで生んだ人でした。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Runaround Sue (悲しい恋の物語、浮気なスー) Dion (1961's Single) Leif Garrett (1977's Single)

&Others
Dion DiMucci / Ernie Maresca

 ディオンがディオン&ベルモンツでデビュー後、ソロになっての最初のビッグ・ヒット(BB誌No.1)がこの "悲しい恋の物語" (後に "浮気なスー" に邦題変更で有名になりました)。 "浮気なスーに恋してしまった悲しい恋の物語"なのに曲調は何故か楽しげなのです。
おまけにバック・コーラスが日本人には「飛んでヘレヘレ」と聞こえてしまうので、オールディーズ・ファンは必ず一度は確かめているはず。そう思って聴くと必ず聞こえてしまいます。ディオンと組んで曲を書いたアーニー・マレスカ自身もソロで全米トップテン内ヒットを放っているシンガーです。
 昔は大ヒットするとよくアナザー・ソングが生まれていた様で、この曲にもアンサー・ソングがあります。Linda Laurieが歌った "Stay at Home Sue"(動き回るスーならぬお家にいるスー)でした。『KISS 'N' TELL』というコンピレーション・アルバムにありました。アンサー・ソング、有名なのでは "Are You Lonsome Tonight" →"Yes I'm Lonesome Tonight" や "Oh! Carol" →"Oh! Neil" 等が有名です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Priscilla (オー・プリシーラ) Eddie Cooley & the Dimples (1956's Single) Gus Backus (1964's Single)

Julius La Rosa (1956's Single)
& Others
Eddie Cooley

 "Short on Love 恋はスバヤク"の大ヒット(本国アメリカではヒットせず)を持つガス・バッカスはアメリカよりドイツで先に人気が出て日本にはドイツ経由で入ってきたシンガーでした。曲としては ""Short on Love" がロックンロール、ロカビリー調なのに対してこの "Priscilla"は完全なティーン・ポップスでオールディーズ・ソングとしての王道作品です。
ガス・バッカスはThe Dell Vikings という黒人・白人混合のドウワップ・グループ参加がシンガーとしての最初だったという事です(ロカビリーともティーン・ポップスとも畑違いです)。そしてこの曲を最初に吹き込んだのは作者のエディー・クーリーが組んだドウワップ・グループ、ディンプルスでした。ここでガス・バッカスは知ったのでしょう。ディンプルス盤はヒットせず、最初にカヴァーしたジュリアス・ラ・ローザ盤がアメリカで小ヒットしています。
 バッカス盤はアメリカではシングル化さえされていませんが日本では大ヒット。この曲のオリジナル・シンガーの立ち位置の様な扱いを得ています。
 作者のエディー・クリーが作った曲で一番有名なのは、ペギー・リー、マドンナ、ビヨンセなど大物が歌っている "Fever" があります。 



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Sheila (可愛いシェイラ) Tommy Roe (1962's Single) Sheila (1962's Single)
The Beatles (1977's Album)
Rosetta Stone (1978's Single)
Leif Garrett (1979's Album)

& Others
Tommy Roe

 トミー・ロウ、1962年の初ヒットにて全米No.1Hit。バディ・ホリーの "Peggy Sue" と似ているのですが断然こちらの方が純ポップで素敵です。カヴァーも沢山あります。フランスの歌手シェイラは芸名そのものがタイトル名でデビューしています。彼女は "口笛で恋しよう"、"夢見るハワイ"など日本でも多くのヒット曲を生んだシンガーです。
 イアン・ミッチェルのロゼッタ・ストーン盤は日本のみのシングル化で彼らのは "僕のシェイラ"、レイフ・ギャレットのは単に "シェイラ" という邦題でした。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Cutie Pie (キューティ・パイ) Johnny Tillotson (1961's Single) 伊東ゆかり (1963's Single)

& Others
Johnny Tillotson

  ジョニー・ティロットソンは米国より日本やイタリアのオールディス・ファンの方に人気のあるシンガーでしょう。日本語や伊語での曲も沢山吹き込んでいます。その彼の日本でのデビューシングルがこの "Cutir Pie"。米国で`61年B面曲として発売されていた曲ながら、それを`63年に日本で伊東ゆかりさんと同時期発売すると日本でヒット。とても楽しい曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
The Young Ones (ヤング・ワン) Cliff Richard and the Shadows (1962's Single) Cathy Carroll (1962's Single) Sid Tepper, Roy C. Bennett

 クリフ・リチャードは21世紀に入ってもアルバム発表をしていますので、シンガーとしてはオールディーズ・シンガーではないでしょうが`50年代にはデビューを果たしていて、`60年代には多くのヒット曲を出していました(但、何故か米国ではヒットに恵まれない`60年代ではありました)。
 この "Young Ones" はクリフとバックバンドシャドウズが主演の`65年・青春映画『The Young Ones 若さでぶつかれ』が日本でヒットしてその主題歌であったこの曲もヒットしました。以後は日本でも出すシングルすべてが大ヒットの人気者となり来日公演も相当数となる親日家です。好きな曲は沢山ありますが、やはり選ぶとなるとこの曲です。一時期この曲も携帯電話の着メロにしていました。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I'm into Somethin' Good (朝からゴキゲン) Earl-Jean McCrea (1964's Single) Herman's Hermits(1964's Single) Gerry Goffin, Carole King

 ハーマンズ・ハーミッツのデビュー・シングルで最初のビッグ・ヒット(全英1位、BB誌13位)。ジェリー・ゴフィン&キャロル・キングというPOPS界の黄金コンビの曲で彼らを人気者にした曲ですが、ハーマンズ・ハーミッツの発表ひと月ほど前にクーキーズのメンバーだったアール・ジーンが発表していました。アール・ジーンの方はBB誌38位ヒットで日本では、ハーマンズ・ハーミッツ盤しか紹介されませんでした。
日本人はまずハーマンズ・ハーミッツの曲として認識しているでしょう。彼らの曲の正式なタイトルは "I'm into Something Good"と省略系符が入っていません。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Johnny Get Angry (内気なジョニー) Joanie Sommers (1962's Single) Shelly Fabares (1962's Single)

ザ・ピーナッツ (1962's Single)
森山加代子 (1962's Single)
&Others
Hal David, Sherman Edwards

 ジョニー・ソマーズが唯一全米TOP10内(7位)に送り込んだヒット曲。彼女はどちらかというとジャズ調やボサノヴァ調の曲を歌う方が多いシンガーですのでポップソングを歌った曲は少ないと思えます。ただ、この曲は素晴らしい出来で大好きな曲です。
 日本人向きなのか日本人のカヴァーが多いです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Rhythm of the Rain (悲しき雨音) The Cascades (1962's Single) Sylvie Vartan (1963's Single)

& Others
John Claude Gummoe

 カスケーズ唯一の大ヒット曲(発売の翌年に全米3位)で、日本でも長きに渡り梅雨時に良く流された曲です。白人のコーラスグループでこの曲以外でBB誌100位以内に入った曲は3曲ほどありますが、殆ど聴かれることはありませんでした。
それでもこの曲は飛びぬけての名曲で永遠の [Oldies but Goodies] なのです。シルヴィのフランス語ヴァージョンのタイトルは "En écoutant la pluie" です。


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Runaway (悲しき街角) Del Shannon  (1961's Single) Elvis Presley (1970's Album)
Traveling Wilburys (2007's Album)

& Others
Del Shannon, Max Crook

 「悲しき○○」という邦題が続きましたが、`60年代前半の洋楽ポップスにこの言葉を付けるのがヒットのおまじないの様だったのでしょう。この曲は別に「悲しき○○」というタイトルでなくてもヒットは確実だったでしょう。全米、全英共にNo.1、日本でも多くの新旧歌手のカヴァー・ヴァージョンが存在しています。オールディーズ・ソングを語るときは必ず出てくるスタンダードです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Lonely Soldier Boy (悲しき少年兵) Johnny Deerfield (Ronald J. Hargrave) (1960's Single) Jack Rhodes, Johnny Fallin

 またまた「悲しき〜〜」です。これこそは正真正銘の日本でのみの大ヒット曲で一発屋さんのジョニー・ディアーフィールド。Johnnyとしてヒット曲は有りませんが、Ron Hargrave 名義でジェリー・リー・ルイスなどに楽曲を提供していたソング・ライターの方が有名だったらしいです。米国での吹込みは`59年で発表されていなかったとか、それを`60年に日本でシングル盤で発売。
曲は明らかに日本人好みの曲調で、米国で知られてもいないこの曲をよく見つけた物です。米国では1966年にシングル発売された模様です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Freckle Faced Soldier (帰らぬ少年兵) Colleen Lovett (1966's Single) Colleen Lovett, Teddy Phillips

 今度は「〜少年兵」と似たような邦題。同じく日本でのみヒットした曲です。日本人好みのメロディーです。
 物悲しいメロディーでまるで北欧のポップス風ですがアメリカ産です。アメリカがベトナム戦争に参加したのが`64年。18歳でベトナムに送られた少年の事を歌った所謂反戦歌の走りでしょう。半分くらいが [語り] を占めていて悲しい雰囲気が余計に漂っています。本国でヒットしなかったのが何となくわかります。
 後にヒットしたシルヴィー・ヴァルタンの "悲しみの兵士" はフランス革命の戦いを歌った兵士の歌でしたが同じように物悲しいメロディーに [語り] 入りの曲で欧州っぽい曲でした。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Twenty Ten (誓いのフーガ) Tinkabells Fairydust (1968's Single) The Swing West (1969's Album) Don Cochrane, John Hill

 続いても西欧風の悲しいメロの曲。イギリスのバンド、ティンカーベルズ・フェアリーダスト。原曲はバッハの "小フーガト短調" でアレンジ・ナンバーです。本国でもそこそこ話題に成りましたが日本のオールディーズファンにはかなり有名です。この曲をフィーチャーしたアルバムはテスト盤が出回ったのみで当時は正規発売はされなかった様です。アルバム正規発売は2009年で原タイトルの2010年の一年前でした。。
 本国、米国では Tinkabells Fairydust 表記、日本では何故か Tinkabell's Fairydust とアポストロフィーが入って表記されたり単に Fairydust と省略表記されたりしています。邦盤シングルでは フェアリーダスト 表記でした。

twenty ten 誓いのフーガ


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Walk Like a Man (恋のハリキリボーイ) The Four Seasons (1963's Single) Divine (1985's Single)
& Others
Bob Crewe, Bob Gaudio

 "Sherry"の方が日本では有名で日本人のカヴァーが多いのですが、わたしはこの曲がフォー・シーズンズの中で一番好きなのです。ただ、原題はわたしには意味深です!  "恋のハリキリボーイ"は内容とは無関係な妙な邦題ですが、曲調からの連想でまぁ面白いでしょうね。勿論全米No.1ヒットです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Carrie Anne The Hollies (1967's Sngle) Allan Clarke, Graham Nash, Tony Hicks

 日本では "Bus Stop" のヒットで知られるホリーズ、確かに良い曲ですが、個人的にはこの "Carrie Anne" の方が好きなのです。
オールディーズ・ポップス度合いは断然こちらです。イギリスでは"Bus Stop" は5位止まりでしたが、この曲は全英第3位、全米 第9位でした。ちなみにこの時代のリード・ギターリスト、トニー・ヒックスはスキー・ジャンプの原田雅彦さんそっくりなのです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Karen (カレン) The Surfaris (1964's Single) Three Funkys(1965's Single)
Jack Marshall, Bob Mosher

 サーフィン・ミュージックの世界では有名なThe Surfaris、エレキ・ギターや、ロック・ドラムの練習曲にも鳴っている彼らのデビュー・ヒット "Wipe Out"がインスト物でした。彼らも他のサーフィン・バンド同様、インストゥルメンタル・ナンバーが中心ですが、ヴォーカル入りも数曲録音している数少ないサーフィン・バンドです。
 そしてこの "カレン" は彼ら7枚目のシングルでTVドラマの主題歌でもありました。日本でも放映されたドラマで邦盤シングルもかなりヒットしています。軽快なロック調のヴォーカル入りナンバー、楽しい曲です。

karen the surfaris


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I'm A Believer (恋に生きよう) The Monkees (1966's Single & Album "More of the Monkees") Neil Daiamond (1971's Single)

& Others
Neil Diamond

 "Sweet Caroline"や"Kentucky Woman"(ディープ・パープルがカヴァー)の全米ヒット曲を持つニール・ダイアモンドがモンキーズのために書いた曲。モンキーズのヴァージョンは米国、英国No.1ヒットだけでなく、欧州圏や日本でも大ヒット。
ニールの曲の中でも1〜2位に位置する魅力的な曲です。自身もセルフ・カヴァーで`71年にシングル盤で出しヒットさせています。

I'm a Beliver the monkeesI'm a Beliver Neil Diamond


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
A Little Bit Me, A Little Bit You (恋はちょっぴり) The Monkees (1967's Single ) Neil Diamond

 この曲もニール・ダイアモンド作曲ナンバー、モンキーズ三枚目のシングルでオリジナル・アルバムには未収録だった曲。ファースト・シングルの "恋の終列車" から三作連続で世界中でヒットして、ビートルズやアバ同様、多くの国で知名度の有るグループとなりました。他にも良い曲がありますが、私的にはモンキーズ・ナンバーの中では気に入っている曲です。
 オーディションで集められたメンバーなので当初はセッション・ミュージシャンにバック演奏を任せていましたが(ジェリー・マギーは有名)後年は自分たちで演奏するようになったようです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Siomn Says (サイモン・セッズ) 1910 Fruitgum Company(1967's Single) Elliot Chiprut

 1960年代後半に「バブルガム・ミュージック(バブルガム・ポップ)」と言われるポップスのジャンルが存在していました。その代表が1910フルーツガム・カンパニー、他にはアーチーズやレモン・パイパーズ等明るく楽しいアップ・テンポのポップスです。
 1910フルーツガム・カンパニーは`67年〜`69年の3年間で出したシングルすべての8曲を米BB誌にチャートインさせており、日本ではそれ以上に(アルバムピックアップ曲もシングル化)シングル発売されていました。
 その中の代表曲がデビューヒットの "Simon Says" 、時代に関係なくその楽しさは伝わります。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Sukiyaki (上を向いて歩こう) Kyu Sakamoto (1961's Japanese Single, US released 1963) A Taste of Honey (1981's Single & Album)
& Others
Rokusuke Ei
Hachidai Nakamura

 日本語で歌われたシングルレコードが初めてビルボード誌チャートで1位(1963年6月15日)に成った曲。邦題は日本では有名ですが、アメリカでは "Sukiyaki" のタイトルに替えられたという話もこれまた有名にに成っています。日本での発売は1961年10月永六輔、中村八大両氏のコンビ作で坂本九さんの歌唱、遅れること1年7か月、`63年5月アメリカCapitol からリリース(番号Capitol 4945)B面は "あの娘の名前はなんてんかな"、このシングルを求めてアメリカのショップから購入したら安価再発レーベルの Starline の物でB面は "Tankobushi" 、聴くと九ちゃんの炭鉱節" でした。九ちゃんの米国シングルはもう一枚 "支那の夜" の夜が出ましたがこちらはヒットしませんでした。
 この "Sukiyaki (上を向いて歩こう)</b>" はイギリスやカナダでも大ヒットした程で、忘れえぬ名曲の名にふさわしい曲です。途中に入る口笛も耳に残ります。
Sukiyaki, Kyu Sakamoto


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Kathalene (キャサリン) Scott Engel (1967's Single = 1958's Recording) J. Baird

 この曲はウォーカー・ブラザース結成前のスコット・ウォーカーが、Scott Engel (本名; Noel Scott Engel) で歌手活動を開始した1958年録音のティーン・ポップス、"Kathalene 邦題:キャサリン"。この曲はウォーカー・ブラザースが日本で大人気に成った`67年に日本で発売されたシングル曲。ジャケット写真 (左) はウォーカー・ブラザース時代の物で名前もウォーカーに成っています。このシングルのライナーには「15才位のときウエスト・コーストのエヴェレストレコードに吹き込んだ19曲の中の一曲だ」と書かれています。スコットはアメリカ人でアメリカでデビューしていますが人気が出たのはイギリスに渡ってからで、本国ではこの曲自体のシングルは恐らく未発売で、B面の "The Living End" はObit レコードから発売されていたようです。米Everst レコードは東海岸の会社ですので録音元の記載間違いなのでは?と思われます。
"キャサリン" の`50年代末でのシングル化はイタリアで成されていたようです。その時のタイトルが "Kathlene" 邦盤タイトルから a が無い!。英語綴りなら(Catherine, Katherine)どちらかの筈でしょう。その後イタリアで発売されたスコット10代の頃の楽曲64曲が2枚のCDにて発売されたのを買いました。この中では "Catherine" の表記に成っています。
 低く渋い声で知性的で容姿も抜群で日本では年齢区別なく女性からの人気は絶大でしたが、10代の頃の声はやはり若々しく、初々しさが素敵です。"キャサリン" は日本とイタリアだけの発売でしたがヒットして当然な曲でしょう。

   Kathalene / Scott EngelScott Engell / Hits and Rarities



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Dream Girl (虹のドリーム・ガール) David Jones (1965's Songle & Album "David Jones") Van McCoy

 こちらはモンキーズが爆発する前、デイビーがモンキーズのメンバーに成る前の10代の頃に David Jonens 名でColpix レコードに吹き込んでいたティーン・ポップス。スコット・ウォーカー同様、モンキーズ人気にあやかって発掘された楽曲でした。
 日本でよりヒットしたのはディランのカヴァー "It Ain't Me Babe 邦題:悲しきベイブ"(デイビー盤は悲しきベイビーの邦題)でしたが、オリジナルでないので、次の日本での曲 "Dream Girl 邦題:虹のドリーム・ガール" を。こちらも上質のティーンポップスです。音源はなかなか入手できませんでしたが、Rhino がColpix 音源集を出してくれました。

David Joens / The Deluxe Edition



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Hey Little Cobra The Rip Chords (1963's Single & 1964's Album "Hey Little Cobra")
Terry Melcher ,
Bruce Johnston

 リップ・コーズはバンド・スタイルではなくヴォーカル・グループの種類に入るグループです。フィル・スチュワートとアーニー・ブリンガスという高校時代の友人が作ったのが始まりながら、途中から後にソング・ライター、レコード・プロデューサーとして名を馳せるテリー・メルシャーやブルース・ジョンストンが加わる様に成り、オールディーズ・ファンに絶大な人気を持つホットロッド・ミュージックのトップに位置するグループと成りました。"Hey Little Cobra" はテリーがリード・ヴォーカルを取る全米No.4ヒット。ちなみに [Little Cobra] とは何なのかと思い調べてみたら`60年代車種の [AC COBRA MK Ⅱ] でした。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Gone The Rip Chords (1963's Single & 1964's Album "Three Windows Coupe")
Terry Melcher ,
Bruce Johnston

 リップ・コーズをもう一曲、こちらは全米88位迄しか上がりませんでしたが、ホットロッド・ナンバーでは有名な曲でファンの多い曲です。アーニー・ブリンガスのリード・ヴォーカルです。
 そえにしてもオールディーズ物のアルバムを物色していると結構、車がジャケット・カバーに配置されている作品が多いのに驚きます。



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G.T.O. (G.T.O.でぶっ飛ばせ) Ronny & the Daytonas (1964's Single & Album "GTO") Jan & Dean (1964's Album & Single)
John "Bucky" Wilkin (Ronny Dayton)

 この "G.T.O.でぶっ飛ばせ" はホット・ロッド・ナンバーの中で日本で最も知られた曲だと思われます。日本盤はオリジナル盤の前半部分に「アクセルを吹かせる効果音」を追加しておりました。当にヒットの効果抜群のアイデアです。[G.T.O.] という名称に`60〜`70年代の日本の産業発達時代を感じますが、音楽自体は古さプラス新鮮さをも感じます。彼らは楽器演奏もするバンド形態です。また、作者クレジットのジョン・バッキーはロニー・デイトンの別名です。
G.T.O. / Ronny_the Daytonas



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Little Honda The Beach Boys (1964's Album "All Summer Long" & Single) The Hondells (1964's Single)

& Others
Brian Wilson, Mike Love

 この曲は車の事を歌った曲ではなくバイクの事を歌っています。日本のホンダやカワサキがハーレーに劣らぬ知名度を得た時代、バイクの代名詞に成っていました。リトル・ホンダは現在の電動自転車と原付バイクの間の様なバイクで昔のバイクでした(要免許証バイク)。ビーチ・ボーイズのオリジナルはコーラスを中心に歌っていましたが、カヴァーしたホンデルス・ヴァージョンではかなりロック寄りの演奏で、ビーチ・ボーイズ盤がBB誌65位どまりだったのに対しホンデルス盤は9位まで上がる大ヒットと成っています。私的にもホンデルス盤の方が若干好きですが。



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Surf City Jan & the Daean (1963's Single & Album "Surf City and Other Swingin' Cities") The Rip Chords (1964's Album)

Jan & Dean (1965's Album)
& Others

Brian Wilson, Jan Berry

 ジャン&ディーンはジャン・ベリーとディーン・トーレンスの二人によるコーラス・デュオ。ビーチ・ボーイズのメンバーと出会ってから、サーフィン・ミュージック中心に歌い、このジャンルで有名になっています。 "Surf City" はブライアン・ウィルソンの曲にジャンが歌詞を付けて発表、BB誌 CashBox誌両方で1位になるヒット曲と成りサーフィン・ナンバーの代表曲に成っています。元々ビーチボーイズにしても黒人ドゥー・ワップグループにしてもそうですが、アメリカではコーラスの上手いグループがかなり有名になっています。ファルセットをうまく使ったコーラスの生きた曲です。



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Hanky Panky The Summits (1963's Single ) The Raindrops (1963's Album)
Tommy James & the Shondells (1964,1966's Single)
Ellie Greenwich, Jeff Barry

 オールディーズ・ファンには有名なソング・ライター・チーム、エリー・グリニッチ&ジェフ・バリーが書いた楽曲でこの曲が有名になったのはトミー・ジェイム&ションデルズ(シャンデルズ)の盤が大ヒットしてからです。
 ロネッツ、コニー・フランシス、シフォンズ、レスリー・ゴアなど`60年代前半の女性シンガー・グループ等のヒット曲を多数書いていた夫婦コンビが`63年に書いた曲で、一番最初に録音発表したのはサミッツで、`63年5月に Harmon という小レーベルから出ましたがヒットしていません。そしてエリートジェフがセルフカヴァーで吹き込み、レインドロップス名義で10月に Jubillie レーベルから出していますがヒットしていません。またサミッツ盤も今度は Rust レーベルから再発しましたがこれもまた、ヒットしませんでした。そしてTommy James & the Shondellsが`64年に録音して Snap レーベルから発売、その後に同録音盤を`66年に Roulette レーベルから再発すると漸くヒットし始めて、アメリカやカナダのヒット・チャート1位に迄上り詰めました。サミッツやレインドロップス盤を後に入手して聴きましたがやはりロックっぽいションデルズ(昔の表記はシャンデルズ)盤を聴いた後では頼りない構成でヒットしそうでないのは明らかでした。ションデルズ・ヴァージョンは21世紀でもヒットしそうです。



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Little Darlin' The Gladiolas (1957's Single ) The Diamonds (1957's Single)
Elvis Presley (1977's Album)

& Others
Maurice Williams

 オールディーズ・ナンバーの代表曲のひとつでダイアモンズのヒット曲として知られていますが、最初に録音したのが作者モーリス・ウィリアムスのグループ、グラジオラスでした。ただ、同曲を録音したダイアモンズ盤の方が若干後に発売したにも係わらず先にPOPチャートを駆け上がり全米2位のヒットと成りました。本家の方は遅れてPOPチャートに登場して最高位は41位。わたしが思うに、宣伝力の違いでしょう。ダイアモンズは Mercury レコード、グラジオラスの方は Excell レコードでした。ただ、作者のモーリス・ウィリアムスは後にthe Zodiacs にてナンバー・ワンヒット "Stay" を放っています。この曲も大好きです。



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Dear One (イカス娘) Larry Finnegan (1961's Single) Darrell McCall (1962's Single)
& Others

Larry Finnegan,
Vincent Finneran

 上記のグラジオラス楽曲の入っていたオムニバス・アルバム「栄光の一発ヒット屋たち①」という日本のA-Side レコードという会社から発売されたCD(JASRACのシール付)に入っていたラリー・フィネガンの一曲。原盤は Old Town というニューヨークの小さなレーベルの様で全米11位、オーストラリアでは1位のヒットだったらしいです。`60年代らしい言葉を使った邦題が付いていますので日本でもシングル盤が出ていた様ですが、全く知らない曲でした。ただ、ヒットしていても不思議ではないほど、他のオールディーズ・ソングには全く劣っていないです。
知名度の問題でしょう。このA-Side レコードという会社、`93年~`96年にかけて数枚の発掘音源CDを出していたのですが、その後は途絶えています。



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Judy's Turn to Cry (涙のジュディ)
Lesley Gore (1963's Single & Album "I'll Cry If I Want To")
Beverly Ross, Edna Lewis

 1963年、"涙のバースデー・パーティー"を突然アメリカ、カナダでヒット・チャートNo.1に送り込んで「シンデレラ・ガール」と呼ばれた最初のシンガーだったのではないでしょうか?その彼女レスリー・ゴーアの2枚目のシングルがこの "Judy's Turn to Cry 邦題:涙のジュディ" 当時の日本はヒットした曲の次の曲の邦題は同じ形容詞を付けるのが通例の様な感じだったのでしょうが、見事に都合の良いことに前曲の続編の曲だったのです。自分の誕生パーティーに彼氏を取られて涙を流してナンバー・ワン・ヒット!そして今度は彼氏が戻ってきて、今度はジュディ,貴女が泣く番よ!とお返しソング。こちらは全米5位のヒットと成りました。アメリカン・ティーン・ポップスの時代を代表する曲ですが私的な好みは2枚目のこの曲の方です。



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You Don't Own Me (恋と涙の17歳)
Lesley Gore (1963's Single & Album "Lesley Gore Sings of Mixed-Up Hearts")
John MadaraDave White

 もう一曲レスリー・ゴーアを。`60年代の彼女の曲はどれもがアメリカのオールディーズ・ポップスの中心に有ったと感じます、これは彼女の4枚目のシングル盤で`63年11月に発売されて翌年にかけてチャートを順調に上がって行き2位を3周続けましたがトップには成れませんでした、その時1位に居座っていたのはビートルズの "I Want to Hold Your Hand" でしたので、まぁ仕方のないところでしょう。若干ヨーロッパ風の哀愁を帯びた曲調が日本人には受けそうですがアメリカでも大ヒットしたのですね。この曲の邦題にも「涙の」と付けられています。




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Summer Means Fun (青春の渚)
Blues and Terry (1964's Single ) The Fantastic Baggys (1694's Album)
Jan & Dean (1964's Album)
Steve Barri, P.F. Slone

 この Summer Means Fun" の作者は後にソング・ライターとして有名になるスティーヴ・バリとP.F.スローンのコンビで彼らがスタジオ用のグループとして作った the Fantastic Baggys で演奏するための曲でした。そして録音したのが`64年の5月、彼らはシングル化する予定も無かったので Blues and Terry がシングル化して同年6月にシングル発売。よって世に出た最初の音源はブルース・ジョンストンとテリー・メルチャーからなるデュオ、ブルース&テリー盤に成ります。ファンタスティック・バギーズの方は7月に唯一のアルバム『Tell 'Em I'm Surfin'』に収録されて世に出ました。ブルース&テリーのシングルはBB誌で72位のヒットに成っています。同年9月にジャン&ディーンが同曲をシングル発売、日本ではジャン&ディーンの方が人気が有ったのでこちらの盤がシングル化された様です。
"Ride the Wild Surf"を「太陽の渚」と邦題付けしたからか、この曲は「青春の渚」と付けられ日本ではジャン&ディーンの曲として知られています。オールディーズ物コンピレーションでもこの音源が一番収録されやすいです。わたしも最初に聴いたのはジャン&ディーンでしたが、聴き比べても三者盤どれもが 似ていて甲乙付け難いです、ただ、♪ウゥーゥ〜♪とファルセットのコーラスが一番気に入ったのはブルース&テリーヴァージョンでした。




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Little Woman
Bobby Sherman (1969's Single )
Danny Janssen

 正統派美男子のボビー・シャーマン。アメリカンポップス全盛時にデビューしながら、デビュー後6〜7年間はヒットに恵まれず、米音楽界がロック主流に成りかけていた最終期に放った王道ポップス・ナンバー。BB誌POPチャートで3位の大ヒットと成りました(Cashboxでは1位)。ロック・リズムを取り入れた軽快な曲です。



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You Can't Hurry Love (恋はあせらず)
The Supremes (1966's Single & Album "The Supremes A' Go-Go") Phil Collins (1982's Single)

& Others
Brian Holland, Lamont Dozier, Eddie Holland

 アメリカンポップスというジャンルにはそうそうに含まれませんがオールディーズ・ソングという大きな括りの中ではやはり The Supremes (昭和生れの人間にはシュープリームス、21世紀に入ってからはスプリームスの表記が定着)は外せません。`64年に "Where Did Our Love Go 邦題 : 愛はどこへ行ったの" を全米1位に登場させてから`69年迄に1位のヒット曲が12曲、2位が2曲と`60年代後半ポップス界をビートルズと共に引っ張ったグループです。(ビートルズの全米1位曲は20曲)、ビートルズとリヴァプールが結びつくようにわたしはシュープリームスとデトロイトが直ぐに結びつきます。
 `67年からメンバーが一人入れ替わりグループ名が Diana Ross & the Supremes と変わりましたが、変わる少し前のヒット曲 "You Can't Hurry Love 邦題 : 恋はあせらず" が彼女たちの曲の中でわたしが一番繰り返して聴いた曲です。後にフィル・コリンズも歌ったように最もロックに近い曲調です。



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Love Child (ラブ・チャイルド)
Diana Ross & the Supremes (1968's Single & Album "Love Child") Sweet Sensation (1990's Single)
R. Dean Taylor,
Frank Wilson, Pam Sawyer, Deke Richards

 グループ名が単にthe Supremes だった頃はモータウンレーベルお抱えのソングライター・チーム Holland-Dozier-Holland の曲が中心でしたが、ダイアナ・ロスの名が付くように成ってからは色々なライターの曲を取り上げるように成りました。そのような中、`60年代後半のフラワー・ムーヴメント、サイケデリック・ミュージックの影響をかなり感じさせてくれた曲がこの 'Love Child" です。R&B調よりもやはりロック色を強く感じます、ダイアナの声は可愛らしいのですが、ジェファーソン・エアプレーン時代の姉御肌グレース・スリックが歌っても似合いそうな曲調です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Old Enough to Love
Ricky Nelson (1959's Album "Ricky Sings Again")
Al Jones, Bill Jones,
Merle Kilgore

 オールディーズ・シンガー列伝の類には必ず現れるリッキー・ネルソン(`61年からはリック・ネルソン)。ガッチリと歌い上げたり歌いきるといったタイプでなくサラリと流して歌う様なタイプですので、多くの曲を知っている割には「コレ」といった愛聴曲は少ないシンガーです。その様な中でこの曲はだけは別格で好きな曲です。2枚目のアルバム収録曲でシングル化もされていませんが、人気はそこそこある曲の様です。収録曲数多めの彼のベスト盤には収録される事が多々有ります。ドリーミィーなオールド・ティーン・ポップスの典型的な曲調で年齢に係わらず何故か懐かしさを覚えるメロです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Good Timin'
Jimmy Jones (1960's Single & Album "Good Timin'") Danny Iida & Paradise King (1960's Single)
Fred Tobias, Clint Ballard, Jr.

 アラバマ州出身の黒人シンガー、ジミー・ジョーンズ`60年の大ヒット曲(BB誌Hot100で3位)。ファルセット唱法が印象的です。日本では坂本九さんが "ステキなタイミング" というタイトルで「ダニー飯田とパラダイス・キング」時代のリード・ヴォーカルとして録音、その後のソロ転向後にも歌い続けて、長い期間にかけてヒットしていました。原詞は「素敵なタイミングのおかげで君と出会えた」といった物なのに、漣健児さんの日本語歌詞では「教師の目を盗んでカンニングする時も、彼女の眼を盗んで浮気するのも必要なのはグッド・タイミング」とほぼ冗談で済ますべきお話に成っていましたが、それがまたヒットした要因だったのでしょうか? いつも笑顔を絶やさなかった九ちゃんの映像を見ることが出来る時代、忌まわしい事故を知るものには笑顔が余計に悲しいです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Rubber Ball
Bobby Vee (1960's Single & Album "Bobby Vee") Rita Pavone (1964's US Album) Gene Pitney (A.Orlowski),
Aaron Schroeder

 ボビー・ヴィーも有名なオールディーズ・ポップス・シンガーのひとりでしょう。デビュー後間もないころにボブ・ディランがまだデイランを名乗る前に一緒にプレイした事が有るなどの事実が余計に彼の名前が語り継がれている事にも関係有る様です。ボビー・ヴィーは30曲以上をBB誌のポップチャートに登場させ1位を含む6曲がTOP10に入っているシンガー、この曲は6位どまりでしたが、彼の曲の中では一番好きな曲です。作者のうちの一人はシンガーとしても有名なジーン・ピットニーで変名を使っていますがこの使用名が異様で興味深いものです。ジーンの本名は Gene Francis Alan Pitney でそのサード・ネームと母親の結婚前の姓、Orlowski を使っているのです。母親の旧姓なんて普通公表しないもの。異様なので何故か頭に残ります。イタリアの歌手リタ・パヴォーネが米盤編集アルバム "Small Wonder" という米ヒット曲集の中でカヴァーしていました。 曲の構成は単純な中にも味のあるものです。



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Le Sifflet des copains (口笛で恋しよう)
Sheila (1963's Single & Album "Le Sifflet des copains") C. Carrère, JM. Arnaud,
A. Salvet, R.Valade

 トミー・ロウの "Sheilla" をデビュー・シングルでカヴァー発表した際に、芸名をそのままSheillaにしたフレンチ・ポップスのシンガー(本名Annie Chancel)、日本ではシェイラ名義で`60年代に数曲のヒットを出しています。ビートルズの楽曲でフォーモストに提供した「ハロー・リトル・ガール」やクリフ・リチャードのヒット曲「いつも青空」のフランス語カヴァーなども日本でヒットしていますが、わたしが一番好きなのは「口笛で恋しよう」の邦題が付いたこの曲。口笛を吹きながらパリの街角をウキウキと歩く感じが楽しそうでした。シェイラは`80年代にアメリカでディスコ・ナンバーをヒットさせており、アイドル的な立場から脱皮した息の長いシンガーでした。

Le Sifflet des copains / Sheila



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Une Écharpe, Une Rose (乙女の涙)
Chantal Goya (1965's Single) R. Dumas, J.J. Debout

 シャンタル・ゴヤもフレンチ・ポップス・シンガーのひとりですが、声量はあまりなく囁くような歌唱でヒットを出した人。仏映画の重鎮監督Jean-Luc Godardの映画『男性・女性』のヒロイン役など女優としての知名度の方が上でした。この曲は如何にもヨーロッパを感じさせる物悲しげなメロディーで日本受けバッチリ。彼女の代表作です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Le Gendarme de Saint-Tropez (サントロペのお嬢さん)
Geneviève Grad (1967's Single & Soundtrack Album) Raymond Lefebvre

 フランスの喜劇役者ルイ・ド・フュネス主演のコメディー映画「サントロペシリーズ」の第一作『大混戦』の主題歌で出演女優ジュヌヴィエーヴ・グラが劇中で歌った楽しい曲。日本ではジュヌヴィエーヴ・グラがビビ・グラという名で紹介されていました。`60年代のフレンチ・ポップスはシルヴィ・バルタンやフランス・ギャル以外に日本でかなり紹介されていました。曲の作者はレイモン・ルフェーヴルです。



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In un Fiore (花のささやき)
Wilma Goich (1966's Single) Mogol, Carlo Donida Labati

 1966年16回サン・レモ音楽祭の入賞曲(同年優勝曲は "Dio, come ti amo 邦題:愛は限りなく" でヤードバーズも参加していました)。日本では優勝曲よりもこの「花のささやき」の方がヒットし、時代が流れても愛されている曲のひとつに成っています。コンクールでは楽曲を2組のアーティストが揃って歌う形式で行われていましたので、イタリア人のウィルマ・ゴイクとフランスのレ・サーフという6人コーラス・グループによって歌われ、シングル盤発売も両アーティスト盤が発売されました。日本でもキング・レコードから、ウィルマ・ゴイク歌唱盤、日本コロムビアからレ・サーフ歌唱盤の競作と成りましたが圧倒的な差でウィルマ・ゴイク盤が大ヒットしています。純カンツォーネでなく軽快で明るく楽しいポップス曲です。

In un Fiore / Wilma Goich



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Dans Le Même Wagon (そよ風に乗って)
Marjorie Noël (1964's Single) Eddy Marnay、Guy Magenta

 オールディーズ・ポップスへの顧み傾向は1972年の映画『アメリカン・グラフティ』
の映画公開後少し起こった様でしたが、10年未満の経過事でもありそう大きくはなかったと思われますが、`77年公開の『スター・ウォーズ』の大ヒットでジョージ・ルーカス監督が脚光を浴びて、再度『アメリカン・グラフティ』も注目されだして我が国でもオールディーズ・ポップスが音楽界の一ジャンルに位置付けられた感じで復刻盤が次々と発売されだしました。その中で何故かマージョリー・ノエルの単独盤はほぼ再発されず他のフレンチ・シンガーとの抱き合わせで2〜3曲の紹介にとどまっていました。`60年代にはキング・レコードから割とシングル盤が出ていた様です。この「そよ風に乗って」のシングルも見かけましたが、高いプレミアが付いていました。それがこの度漸く日本盤がCDで発売されました。
 軽やかで爽やかで純ポップスの中心に位置する曲です。日本語歌詞も付けられて本人や弘田三枝子さんの歌唱で知られた曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Lana (愛しのラナ)
The Velbets (1961's Single) Roy Orbison (1974's Single)

&Others
Roy Orbison, Joe Melson

 この "Lana 愛しのラナ" は日本のみのヒット曲。ヴェルベッツは高校の教師ヴァージル・ジョンソンが歌の上手い生徒4人と組んでプロデビューした元教師と生徒という異色の黒人ドゥー・ワップ・グループ。彼らを見出してMonumentレコードに紹介して契約に持ち込んだのはロイ・オービソン。
 彼らの本国でのヒット曲は "Tonight(Could Be The Night)夢のお月様" 一曲のみ(BB誌26位)。この "愛しのラナ" は、ロイー・オービソンが彼らに贈った曲、この曲を日本のキング・レコードが`61年に "Laugh ラフ" のB面で発売するもヒットしなかったのをA面、B面入替て`64年に再発売すると日本でのみ大ヒット。暫くは幻のシングル盤扱いに成っていましたが、`80年代にスリーヴ無盤を漸く手にしたものでした。その後`90年代にCDに収録される様に成ればシングル盤の価格も落ちました。ファルセット・ヴォイスも粋で我が国のオールディーズ・ファンには人気の曲です。オービソンも後にセルフ・カヴァーしています。
 "夢のお月様"も同系統ですが、ファルセットが入っていないので、コーラス的に少し弱い感じですが、楽しさは良いですネ。
 


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Oh, Pretty Woman
Roy Orbison (1964's Single) Van Halen (1982's Singles)
& Others
Roy Orbison, Bill Dees

 上のヴェルベッツを見出したロイ・オービソン。`60年代前半期に自身は多くのヒット曲を放っています。後年はジョージ・ハリスンやボブ・デイランと組んで活躍していましたが、最も大きなヒット曲と成ったのがこの "Oh, Pretty Woman" 。米英両国でナンバーワン・ヒットと成り`82年、ヴァン・ヘイレンがカヴァーしたヴァージョンも12位迄上がるヒットと成っていました。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Maybe Baby
The Crickets (1958's Single) Jackie DeShannon (1964's Album)

&Others
Buddy Holly, Norman Petty

 ビートルズやR・ストーンズ、ホリーズ等が彼の楽曲をカヴァーするほど`60年代英国ビート・グループのアイドル的存在だったバディ・ホリー。バディはソロとしての発表曲以外にザ・クリケッツ(The Crickets)としてバンド形式で発表した曲が数曲有ります。このバンド形式の編成をビート・グループは取り入れていました。この "Maybe Baby" はヒットチャートで17位止まりでしたが、聴けば聴くほどよくできたポップ・ソングで初期のロックンロール・スタイルです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Cinderella
Paul Anka (1961's Single) Paul Anka

 ポール・アンカが "Diana" のNo.1ヒットを飛ばしたのは15歳の時、その後も自作曲を中心にヒットを連発した過去を見ると元祖アイドル・シンガーでしょう。初期の`61年頃までの曲は ABCパラマウント音源で、彼が日本で売れ出した時期はRCA時代(`62年以降)、永らくRCAでの再録盤が市場に出回っていて、オリジナル音源が消え去っていましたが、CBSソニーが版権を取り、発売されるやその後は今度、RCA盤が消えて行きました。今ではどちらの盤も市場に出ています。録音状態はRCA盤の方が良いようです。この曲 "Cinderella シンデレラ" は日本語の「死んでれらぁー、死んでれらぁー」という様に聞こえて、それが妙に頭に残っていてかなり初期ポール・アンカの中では好きな曲です。日本語でザ・ピーナツを歌う物を聴いた覚えが有りますが、間違っているかも知れません。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I'll Remember (In The Still Of The Night) (夜の静けさの中に) The Five Satins (1956's Single & Album "The 5 Satins Sing") Dionn & the Belmonts (1960's Single)
Paul Anka (1969's Single)

Santo & Johnny (1964's Single)
Boyz Ⅱ Men (1992's Single)
& Others
Fred Parris

 ドゥー・ワップ・グループの代表格、ファイヴ・サテンズの超有名曲。"In the Still of the Night" というタイトルは既にコール・ポーターの曲が有名に成っていた為にファイヴ・サテンズの方は "In the Still of the Nite" と表記される様に成ったとのこと。このファイヴ・サテンズの盤は`56年にBB誌24位迄上がり、再度`60年に81位にチャートイン、`61年に99位に登場しています(再録でも別音源でもない同盤です)。ディオン&ベルモンツ盤、ポール・アンカ盤もチャートインを果たしています。他にもボーイズ・ Ⅱ・メンやインスト・ヴァージョンのサント&ジョニー盤がチャートインするほど繰り返しヒットしています。

The Five Satins / In the Still of the Night
 


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
A Thousand Miles Away
The Heartbeats (1956's Single) The Diamonds (1956's Single)

& Others
James Sheppard,
William Henry Miller

 このハートビーツもドゥー・ワップ・グループで外せない人たち。そして "A Thousand Miles Away" もドリィーミーなオールディーズ・ソングとして超有名曲、映画『アメリカン・グラフィティ』でも挿入歌として使われていました。リード・ヴォーカルのジェイムズ・シェパードの声質は独特で古き良き時代の青い青年の声を何故か漂わせています。この時代のアメリカを知らない者迄もが懐かしむ声です(?)
 最初の発売はHULLレーベルから`56年9月に出されていますが、直ぐにRAMAレーベルへ移ったために同年11月にRAMAから再リリース、`57年1月にHotチャート53位、R&Bチャートで5位に成るヒットに成っています。
作者にシェパードと一緒にクレジットされているミラーさんはHULLレーベルの方らしいです。
 ハートビーツは`60年にROULETTSレーベルに移り再度録音した後解散、シェパードはザ・ライムライツを結成しています。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Having a Party
Some Cooke (1962's Single) The Pointer Sisters (1977's Album)
Bobby King (1981's Album)

Tina Turner (1986's Single)
& Others
Sam Cooke

 ソウル・スターラーズというゴスペルを歌うヴォーカル・グループのリード・ヴォーカリストとして既にある程度の地位を得ていたサム・クックが、ソロに成ってKeenレーベルから次々とポップ・チャートやR&Bチャートに登場するヒット曲を連発するように成った後、更に大手のRCAと契約。ソウル・シンガーと云うよりポップス・シンガーの意味合いが強く成っていた時期に出された曲の中で最も好きな曲がこの "Having a Party" BB誌Popチャートは17位、R&Bチャートの4位ヒットでした。ミディアム・テンポでノリのよい曲、彼はライヴのラストでよく歌っていたそうです。ジャズ畑からディスコ系に移行する直前のポインター・シスターズ・ヴァージョンはかなり違ったアレンジ。ボビー・キングのヴァージョンはオリジナルに近く最も好きなヴァージョンです。
 サム・クックには似たようなテンポの "Wonderful World" があり、こちらも大好きでこちらは日本のクールスが [クールスR.C.] 時代に歌った物やウルフルズの日本語ヴァージョンを同じCDに焼き込んで聴いています。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Roll Over Beethoven
Chuck Berry (1957's Single) The Beatles (1963's Album)

Electric Light Orchestra (1973's Single)
& Others
Chuck Berry

 チャック・ベリーもポップ・チャートやR&Bチャートに多くの曲を送り込んだ黒人シンガー(ギターリストとしても大きな影響力を残しています)。ロックンロール創成期のレジェンドのひとりとして有名ですが、彼が Blues シンガーとして吹き込んだ曲集を聴くと渋いブルースマンだった事も知ることが出来ます。
 日本で有名な曲は "Johnny B. Goode"、"Rock and Roll Music" 辺りで本国や英国では "Sweet Little Sixteen" の方が人気曲の様です。わたしの一番は "Roll Over Beethoven" 、ビートルズのヴァージョンの方が好きなのですが、チャック・ベリーのロックンロールとしてはこの曲と "Johnny B. Goode" が私的代表です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Blue Suede Shoes
Carl Perkins (1956's Single) Elvis Presley (1956's Single)
Johnny Rivers (1973's Single)
& Others
Carl Perkins

 ロックンロール、ロカビリー、そしてカントリー界の御大カール・パーキンスの最大ヒット曲。ポップチャート2位、カントリー・チャートで1位に成っています。次いで発表されたエルヴィス・プレスリーのカヴァー盤も20位迄上がるヒット曲と成り、プレスリーによって世界中に知れ渡ったロック創成期の輝かしい一曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Mama Rock Jonny Powers as "Johnny Scat Brown" (1957's Single) Johnny Powers as John Pavlik

 オールディーズ物を聴き続けていた時期にカントリー好きのわたしは、ロカビリーも一通り熱心に聴いていましたが、途中でポップスやR&Rに移行するシンガーが多い中、生涯をロカビリー中心で歌い続けているシンガーも居ます。その筆頭が男性ではこのジョニー・パワーズ。
 `57年に "Long Blond Hair" でレコーディング・デビュー、Fox 、Fortune、 Sun、 Norton、 Motown 他多くのレーベルに在籍していながら、シングル盤主体のロカビリー一辺な為に超マニア以外に知られることもないシンガーですが来日経験もあるシンガーで編集アルバムは出されています。この "Mama Rock" は本国でシングルカットされず豪州で Johnny Scat Brown の名前で発売された曲です。作者名も本名で記されています。ギターはアコギ以外にエレキ・ギターの演奏も入っています。`80年代初頭、大阪の藤井寺にサザン・サウンド同好会なる処から手書きの新聞の様な会誌が出ていまして、会員でもないのに入手して読み、何故かそこでこのジョニー・パワーズやレイ・キャンプの事を知ったと記憶しています。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Will You Willyum Janis Martin (1956's Single) Carl Stutz

 女性でロカビリーひと筋なシンガーはジャニス・マーティンでしょう。15歳で大手のRCAレーベルと契約出来て第一弾シングルが自作曲 "Drugstore Rock And Roll" でした。エルヴィス・プレスリーがSunからRCAに移籍して間もない時期でしたので「女エルヴィス」として売り出されたという事です。このA曲自体はヒットしませんでしたがB面扱いの "Will You Willyum" が35位になるヒットに成っています。彼女もシングル盤ばかりのシンガーだった為に後年は編集アルバムが数点発売された人です。子供時代はカントリーを歌っていたためにカントリーっぽい曲も有りますが殆どが完全ロカビリーです。15歳とは思えないロック・フィーリングです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
You're Driving Mad
Jo Ann Campbell (1958's Single & 1959's Album " I'm Nobody's Baby") Dorian Burton, John Hhward,
Eugene Randolph,

 ロカビリー全盛期には女性ロカビリアンも数人はいました。ただ、殆どのシンガーは他のジャンルを歌う事で人気を得ていきました。ワンダ・ジャクソンはカントリー・歌手としての知名度が高く成っていますが、ジョー・アン・キャンベルは後にポップ歌手としてオールディーズ・ファンにその名前を記憶して貰えているシンガーです。
 そのジョー・アンがロカビリーを歌っていた頃の曲で有名なのがこの "You're Driving Mad" (Gone レーベルから)。彼女は`50年代`60年代に数枚のオリジナルアルバムが発売されています。この曲も翌年に End レーベルから発売されたアルバムに収録されました。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Rock Your Little Baby To Sleep Baddy Knox (1957's Album) Baddy Knox
 
 バディ・ノックスもロカビリーからポップスへと移行したシンガーですが彼の場合は声質がロックっぽさと云うよりポップ向きの甘い声だった為に自然とそうなった感じの様です。
 1957年に自作のデビュー曲 "Party Doll" が全米ナンバーワン・ヒットと成ったためと如何にも好青年風の容姿から早くから人気が出てアルバムも出されるシンガーと成っています。
  "Party Doll" があまりにシンプルで飽きが来るタイプですが、この曲はデビューアルバム内収録曲で、カントリーとロックの融合というロカビリーらしさ充分にが出ている好曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Summertime Blues
Eddie Cochran (1958's Single) Olivia Newton-John (1975's Album)

& Others
Eddie Cochran,
Jerry Capehart

 21歳半で他界したロックンロール・レジェンド、エディ・コクランはロカビリアンに分類されることが多いですが、音楽ジャンルに拘らないギター大好き少年の、ロックンロール・シンガーではないでしょうか?
 学校中退16歳でプロとしてステージに立つように成った頃はウェンスタン・バンド、最初のレコーディングは`55年のカントリー・ナンバー。ただ、エルヴィス・プレスリーが Sun レーベルからロカビリー・タイプの曲で人気を博したのに刺激されて出した同タイプの "Twenty Flight Rock" と次の "Three Steps Heaven" を録音、この曲はイギリスで先に発売されましたが曲の認知度は後年に成ってからでした。彼が人気を得たのはロッカ・バラード・タイプの "Sittin' in the Balcony 邦題:バルコニーに座って" で本国アメリカのチャートで18位に成りました。
 そして、`58年に発売の "Summertime Blues" アメリカで8位、イギリスで18位になるヒットで知名度も上がりました。エレ・アコ・ギターで奏でられた小気味よいロック・リズムが特徴で、`60年代・`70年代のロック・ミュージシャンも同様の構成・アレンジでカヴァー演奏しています。ギターリストとしても崇拝者が多いミュージシャンです。
 レコーデイング・キャリアは4年ほどしかない彼なのに今もカヴァーされる曲は割と有ります、その中でもわたしはやはりこの "Summertimr Blues" が一番好きです。



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24,000 Baci (2万4千のキッス)(キッスがいっぱい)
Adriano Celentano (1961's Single) Connie Francis (1962's Album) Ezio Leoni, Piero Vivarelli, Lucio Fulci, Adriano Celentano

 アドリアーノ・チェレンターノはイタリアのシンガー、この曲は1961年のサンレモ音楽祭でトニー・ダララと歌い2位に成った曲(同年の対象曲は "Al di la" )。トニー・ダララ盤も出ていますが、ロック調大得意のチェレンターノの代表曲として売り上げ枚数も段違いの様です。日本では色々な歌手が日本語歌詞ヴァージョンで歌っています。
 わたしが持っているカヴァー・ヴァージョンはコニー・フランシスがイタリアでヒットした曲ばかりを集めて歌ったアルバムからの物です。彼女はイタリア系のアメリカ人なのでイタリア語で歌っていますが、日本語やドイツ語(他数か国語)でも平気で歌っています。日本語はイタリア語の発音と近いらしく綺麗な発音です。
 



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I'm Gonna Be Warm This Winter (想い出の冬休み) Connie Francis (1962's Single) Bobby Rydell (1963's Album)
Kylie Minogue(2015's Album)
& Others
Hank Hunter,
Mark Barkan

 そのコニー・フランシスはオールディーズ物を聴いていると必ず彼女の名前が出てくるほどにヒット曲の多いシンガーです。BB誌Hotチャートに40曲以上登場させ、1位曲も2曲有ります。その2曲は "My Heart Has a Mind of Its Own 邦題:マイ・ハート" "Don't Break the Heart That Loves You 邦題:泣かせないでね" でポップスと云うより純ポピュラー・ソングで表現力でアメリカでヒットした物です。反対に日本ではポップス向けの曲が日本語歌詞を付けられて日本人歌手がヒットさせ、コニー自身も日本語歌詞で歌い我が国でも名を残すシンガーと成っています。
 多くのヒット曲の中でわたしが一番好きなのがこの "I'm Gonna Be Warm This Winter 邦題:想い出の冬休み"。
軽快なメロディーの後、急に「ワォッ、ハッ、ハッ!, honey, make me warm this winter」と歌いだす箇所が大好きです。



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Like I Do (レモンのキッス) Nancy Sinatra (1962's Single) Maureen Evans (1962's Single)
& Others
Dick Manning,
Amilcare Ponchielli
 フランク・シナトラの娘さんで長きに渡り歌手活動を続けておられるナンシー・シナトラ。この曲は「カフス・ボタンとネクタイ・ピン」に続いて発売された彼女の2枚目のシングル。初期のティーンネイジ・ポップスを歌っていた頃の彼女で大好きな2曲です。どちらも本国ではヒットしなかった為に多くのヒット曲を持つ彼女のベスト物には収録されにくい曲です。ただ、西欧の数か国と日本ではヒットして日本語の歌詞盤も出ていました。
作者はディック・マニングですが、オペラ歌手のアミルカレ・ポンキエッリ『ラ・ジョコンダから「時の踊り」』を原曲にしたという事から後年に Amilcare Ponchielli がクレジットされる様に成ったようです。わたしの持っている古い盤には Manning しか記されていません。

Golden Nancy Sinatra / Like I Do and othersCuff Links and a Tie Clip カフス・ボタンとネクタイ・ピン



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Susie Darlin' Robin Luke (1958's Single) Tommy Roe (1962's Single)
& Others
Robin Luke
 ロビン・ルークはロサンゼルスで生れていますがハワイの学校に通っていた`57年、15歳の時にこの曲 "All Night Long" を録音してハワイのレコード International Records から`58年に "Susie Darlin'" とタイトルを変更して発売。ハワイでヒットしたのをきっかけに本国当時大手の Dot Records が版権を買取、再発される様に成ったという事です。
 そして、Billboard 誌Hot-100チャートの5位まで上がる大ヒットと成りました。滑らかに上下するメロディーに一瞬タメを取ってすぐさま「Oh! Susie Darlin'」と歌を再開する構成など素朴な曲ですが、ティーン・ポップスの原点を感じます。可愛さもあり好きな曲です。



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Don't Treat Me Like a Child (子供じゃないの) Helene Shapiro (1961's Single) John Schroeder,
Mike Hawker

 日本では弘田三枝子さんの "子供ぢゃないの" という日本語歌詞のヴァージョンが後年迄時々歌われていて有名ですが、元歌手はイギリスのポップ歌手、ヘレン・シャピロの`61年のデビューヒット、イギリスでは3位のヒット、西欧諸国でも少しヒットしたようです。アメリカではCapitol (#4561) として発売形跡は記録されていますが全くヒットしなかった様です。ただ、個人的には大好きな曲でよく出来た曲だと思いますので日本での人気は納得ですし、アメリカで受け入れられなかったのは不思議だと感じます。
 日本語歌詞ヴァージョンのタイトルが "じゃない" から "ぢやない" に変わった理由はわかりませんが、日本語的に「普通じゃない、普通ぢやない」などどちらでも間違いではないようなので、地域性にでも関係あるのでしょうか?



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I Love How You Love Me (忘れたいのに) The Paris Sisters (1961's Single) Bryan Ferry (1973's Album)

Bobby Vinton (1968'sSingle)
& Others
Barry Mann, Larry Kolber

 "To Know Him Is to Love Him (逢った途端にひとめぼれ)" によく似たメロを持つこの曲もフィル・スペクターが作り出したオールディーズ・ソングの大定番でしょう。パリス・シスターズ、`61年全米5位のヒット曲。バリー・マンの書いたドリーミィなメロは完璧で云うことなしなのですが、Larry Kolberという人が書いたこの甘ったるさの頂上の様な歌詞は昔からわたしにはきつかったです。ラリーという男性作詞家が30歳頃に書いているのです、この夢見る少女の夢心地気分は?と。ただ、カヴァー・ソングにはボヴィー・ビントン、レターメン、ブライアン・フェリーなど男性が多いのです。これは元々、男性歌手が歌う事を想定して作られた?とまで思ってしまいます。ひとりの女性(男性)をここまで夢中にさせることが出来る人は世の中に沢山いるのでしょうね。



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Navy Blue Diane Renay (1963's Single & 1964's Album "Navy Blue") Donna Lynn (1974's Album)
& Others
Bob Crewe, Bud Rehak, Eddie Rambeau

 時間調整の時に時々利用する Tully's Coffe で常時オールディーズが流れている店舗があります。(いつも同じ場所の店舗に行きますので他の店舗で何を契約して流しているのかは知りません)
 そこで、この曲は何度も流れます。確かに褪せないティーン・ポップス、ガールズ・ポップスという感じがする名曲ですね。この曲がヒットした時代は丁度アメリカポップス界はビートルズが旋風を起こししばらくイギリスのビート・バンドにポップチャートの上位の常連に成って行かれました。
 ポップス、ロックンロール主体の時代からロック主体に時代に代わる変わり目の年代だったと思われます。
 「ネイビー・ブルー」と云えばアメリカでは海軍兵の事、日本の「サムライ・ブルー」は日の丸の下でプレーする野球選手の事。ブルーって何かを表す時の代表色なのでしょうか?
 A面/B面として発売されていたシングル盤時代に、発売後にA/B入替て再発することが時々見受けられましたが、この曲もそのことで有名になっていました。最終到達順位はBB誌HOT100の6位でした。



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Over and Over Bobby Day (1958's Single) Dave Clark Five (1965's Single)
Robert James Byrd (= Bobby Day)

 この曲を知ったのは勿論ディヴ・クラーク・ファイヴのヴァージョンで彼らのヒット曲の中で一番好きな曲、全米No.1ヒットでありました。ジョン・レノンがクォーリーメンを結成したのと同時期にロンドンで結成されたビートグループのディヴ・クラーク・ファイヴ。全盛期は本国よりもアメリカで人気のあったバンドとして有名です。完全なオリジナルだと思っていましたが、ボビー・デイという黒人R&R / R&Bシンガーが`57年にR&Bチャートで1位ヒット(POPチャートでも41位)にした曲でした。作者はボビーの本名:Robert James Byrd 名義でした。後から本家ヴァージョンも入手しました。

Bobby Day StoryDave Clark 5 Over and Over



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Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polka-Dot Bikini (ビキニスタイルのお嬢さん) Brian Hyland (1960's Single & Album "The Bashful Blond" Johnny Hallyday (1960's Album "Hello Johnny")

& Others
Paul Vance, Lee Pockriss

French Version Credit
+ André Salvet,
Lucien Morisse

 1960年、日本は勿論、アメリカン・ガールでもビキニで浜辺に出るのは恥ずかしかった時代を楽しく歌っています。全米No.1ヒットのオールディーズ・マストです。「2.3.4., tell the people what she wore 〜」という合の手が耳に残ります。フランスのエルヴィスと言われシルヴィ・ヴァルタンの旦那、ジョニー・アリディがすぐさまフランス語歌詞でカヴァーしていました。(仏題:Itsy Bitsy Petit Bikini)
 買ったシングルは東芝からの物でなくKAPPレーベルがMCA傘下になってからの再再再発盤です。日本語歌詞盤は「Cover Singer」欄へは乗せていませんが岩谷時子さん歌詞盤の [ダニー飯田とパラダイス・キング] ヴァージョンは持っています。日本語歌詞も楽しい歌詞ですネ。

Brian Hyland / Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polka Dot BikiniThe Essential Johnny Hallyday



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Mr. Bass Man Johnny Cymbal (1963's Single & Album "Mr. Bass Man") John Entwistle (1973's Album) Johnny Cymbal

 オールディーズ・シンガーの中で、ポール・アンカ、ニール・セダカ、キャロル・キングらシンガー・ソング・ライターの走りと云われている人たちと同様、ジョニー・シンバルも自作曲の多いティーン・アイドル歌手でした。ただ、何故か長い期間に渡りヒットを出せなかった歌手ではあったようです(途中デレクというグループでも活動していました)。48歳の時に心臓発作で亡くなっています。
 そのジョニー・シンバル名義でのヒット曲(全米16位)の "ミスター・ベースマン" はアメリカよりも日本でヒットした感じがしますが、現在でも時々聴くことあります。とても軽快なポップ・ロック・ナンバーです。ベースマン役としてベースの音を声で出しているのは Ronnie Bright というドゥー・ワップ・シンガー。
 日本で人気の有ったシンガーらしく、わたしの持っているコンパクトLPには坂本九ちゃんのヒット曲 "明日があるさ" を英語歌詞にして (A Pack of Life) で歌っています。

Jonny Cymbal / Mr. Bass Man 7inch LP


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A Lover's Concerto (ラヴァーズ・コンチェルト)
The Toys (1965's Single & 1966's Album “"A Lover's Concerto” and “Attack!”") The Supremes (1966's Album)

Sarah Vaughan (1965's Album)
& Others

Sandy Linzer,
Denny Randell,
Christian Petzold

 クラシックのメロディーがベースで、特にオールディーズという意識なく耳に入る有名曲です。元はクリスティアン・ペツォールトの『メヌエット・ト長調(BWV Anh. 114)』(昔はバッハ作と成っていたらしい)
 トイズは Barbara Harris、Barbara Parritt、June Montiero の3人からなる米国のガールズ・グループ。この曲はBB誌で2位迄上がるヒットとなり、その後HOT100チャートイン・シングルを3枚出していますが、一発屋扱いを受けている程にこの曲のイメージが強いグループでした。`68年には解散しています。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I Can't Let Go Evie Sands (1965's Single) The Hollys (1966's Single)
Linda Ronstadt (1980's Album & Singles)
Al Gorgoni, Chip Taylor

 この曲はホリーズの日本盤シングル "Bus Stop" のB面に収録されていたのが最初に聴いたヴァージョンでした。イギリスのニュー・ミュージカル・エクスプレス誌で1位にも成っていましたのでホリーズがオリジナルだとずっと思っていました。その後、リンダ・ロンシュタッドがカヴァーした際にオリジナルはイーヴィー・サンズが1965年に Blue Cat という超マイナー・レーベルから出したシングルがそうだと知りました。ただ、イヴィーのこの曲はアルバム未収録曲でしたが、『The Best Of The Girl Groups Volume 1』というコンピレーションCDの中に、ソロ・シンガーながら入っていて聴けました。
 出来としてはホリーズやリンダのロック調アレンジの方に軍配を上げたいですが、素朴さがありそう悪くはないと思います。作者のひとり、チップ・テイラーは自身のヒット曲は少ないですが提供曲でヒット曲が幾つかあるSSWです。

The Girl Groups Volume 1 (CD)The Hollys I Can't Let Go / Bus Stop



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Listen People The Herman's Hermits (1965's Soundtrack Album "When The Boys Meet The Girls" & 1966's Single) Graham Gouldman

 ハーマンズ・ハーミッツは数種の映画にも出ていますが、コニー・フランシス主演のミュージカル・タイプの映画『青空のデイト』にもグループで出て挿入歌として歌われその後シングル化された曲。ピーター・ヌーンはお茶目な少年キャラで人気を博していただけにこのしんみりとしたバラード系の曲は意外ながらヒットしました。彼らは自ら演奏するバンド形式のグループですが10数枚出た邦盤シングルの写真に楽器を携えた物は殆どありません。この邦盤シングルも来日時に石灯籠の前でポーズを取るメンバー写真でした。左利きのベーシスト、カール・グリーンはたのきんトリオの野村義男さんそっくりなのは面白いです。彼ら唯一の超真面目ソングです。作者はthe Mindbenders、10cc 等で活躍したグラハム・グールドマン、ホリーズやハーマンズ・ハーミッツに曲を提供してソング・ライターとして音楽界に入った人です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Don't Go Out into the Rain (You're Going to Melt) (雨にさようなら) The Herman's Hermits (1967's Single & Album "Blazw") The Swinging Blue Jeans (1967's Single)
David Garrick(1967's Single)
& Others
Kenny Young

 この曲は如何にもオールディーズ・ソングっぽい曲で可愛さを感じる曲です。作者は黒人グループ、ドリフターズの "渚のボードウォーク" を`64年に大ヒットさせたケニー・ヤングでハーマンズ達には`65年に "Just a Little Bit Better 恋はハートで" を提供していたアメリカのソング・ライター。ハーマンズ・ハーミッツは本国イギリスよりも日米での方が人気は高かったのですが、その人気の期間は`65年〜`66年の2年間がピークで長続きはしませんでした。`67年のこのシングル、収録アルバム共々本国イギリスでは未発売。シングルこそ全米18位のヒットでしたがアルバムは70位台止まりでした。イギリスでの発売が無かったので、同年数か月遅れでスィングィング・ブルージーンズとデビッド・ギャリックが競作でイギリス発売された様です。曲自体はほのぼのとした感じのホント可愛い曲です。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Bus Stop The Hollies (1966's Single & Album of American Edition "Bus Stop") Herman's Hermits (1966's Album)
Graham Gouldman (1968's Album)
Dokken (2010's Album)

& Others
Graham Gouldman

 グラハム・グールドマンがソング・ライターとして有名になるキッカケはヤードバーズ`65年の "For Your Love"が最初でしたがその翌年ハーマンズ・ハーミッツの "Listen People"、ホリーズの "Bus Stop" の連続ヒットが決定的に成っているのでしょう。全英・全米共にヒット・チャート・ピークは5位でしたが、長い期間ヒットしていた様です。特に日本でのこの曲の人気は洋楽史上でもかなりの上位曲でしょう。邦歌詞付でのカヴァーも多く有ります。
 作者のグールドマンはホリーズとハーマンズ側の両方に提供していた模様で、同じ頃に録音してホリーズのシングルは`66年7月に発売、ハーマンズ側はアルバム収録で、8月 (米) 9月 (英) の発売でした。
 意外なカヴァーはジョージ・リンチが居ない時期のドッケンが往年のヒット曲を再録したベスト物の中に日本盤ボーナスとして収録されていました。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
California Dreamin' (夢のカリフォルニア) The Mamas & the Papas (1965's Single & `66's Album "If You Can Believe Your Eyes and Ears") Bobby Womack (1968's Album)
The Beach Boys (1986's Album)

& Others
John Phillips, Michelle Phillips

 ママス&パパス最大のヒット曲で、カヴァー・アーティストも多く今なおアメリカを代表するポピュラー・ソングです。ただ、恐らくマニアニックな初期のオールディーズ・ファンにとって、この曲は時代的にはオールディーズ・ポップスとは言いにくい曲だとも思います。概ね `65—`66 年を境にそれよりも以前の時代が対象に成っていた様です。以降徐々に純ポップス・ナンバーは極端に減って行きました。
 オールディーズ・ソングが最初にブームになったのは映画『アメリカン・グラフィティ』の頃の`70年代前半、次が`70年代後半から `80年代初めでファッションやラジカセの大型化ステレオ化などの影響でしょう。ポニーテールやリーゼントの若者がラジカセの音楽で踊っていました。(日本ではザ・ヴィーナスなど)   わたしもこの時代にオールディーズ物にハマりましたがやはり対象曲は`60年代半ば迄のヒット曲でした。
 その後、一時完全に音源がアナログからCDに移行した2000年代にもオールディーズ見直し時代が来ましたが、その頃には、フォーク・ソングがロックと結び合っていった時代も含めた`60年代すべてのポップス系を含める様になった様です。やがては`70年代・`80年代 (和暦で云う昭和時代) に生まれたポップス系ソング全体もオールディーズ・ソング扱いに成るのでしょう。
  "California Dreamin'" タイトルも抜群、コーラス・ワークもメロディーも素晴らしく、カリフォルニアを写真や映像でしか知らなくとも、カリフォルニアが恋しく成ってしまう…心に染みる曲です。

California Dreamin' / the mamas and the papas


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
So Much Love Ben E. King (1966's Single & `93's Album "Anthology") Percy Sledge (1966's Album)
Blood, Sweat & Tears (1968's Album)
Dusty Sprlingfield (1969's Album)

& Others
Gerry Goffin / Carole King

 キャロル・キングがジェリー・ゴフィンとの夫妻関係にあった間に多くのヒット曲を残していましたが、殆どヒットしなかった曲の中にも良い曲が幾つかあります。その中でもこの曲は秀逸です。最初のレコーディングはベン・E・キング
だった様です。わたしが最初に聴いたのはブラッド、スェット&ティーアズのアル・クーパー・ヴァージョンでかなりソウルフルでベン・E・キング・ヴァージョンに近かったのです。それがダスティー・スプリングフィールドが『In Memphis』内収録ヴァージョンでは、ドリーミィーなオールディーズ・ガールズ・ソング風に歌っていました。
 ジェリー・ゴフィン/キャロル・キングの代表作 "Will You Love Me Tomorrow" に似た感じに成っていました。作曲は20代前半だった女性のキャロルです、女性らしく歌ったのが可愛く感じました。
 ベンのヴァージョンはシングル盤のみの発売でなかなか手に入らなかったのですが、`93年に日本のMMGという会社が米Rhinoの原盤発売権を得て国内発売した2枚組アンソロジーに収録されました。(MMGは3年ほどで消滅!)
その後、2007年に英ACEレーベルからゴフィン/キング作品集が出た際にもベンのオリジナル・ヴァージョンが収録されました。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Blue Canary (青いカナリア) Dinah Shore (1953's Single) Vincent Fiorino


 ダイナ・ショアの30代後半時1953年に歌い、一応本国 BB誌ポップチャートで11位迄上がるヒットと成っていますが、1位をはじめトップ10内に入る曲がそこそこあるので、アメリカでこの曲はあまり知られていなかった様です。日本では日本語歌詞が付けられて雪村いずみさんなどが歌いオールディーズ物の中でも特に有名で`70年代・`80年代オールディーズ・リバイバル・ブームの度に繰り返しヒットした曲です。確かに日本人受けしそうなメロディーです。
 1984年ダイナが初めて日本に来た際、ステージでこの曲を歌って欲しいと日本側から依頼されたのに、ダイナは30年ほど前の事で自身が歌った曲だという事も忘れており、その上本国でもステージで歌った経験がないという事で…、歌メロをバックに歌詞を書いた紙を見ながら朗読していました。その映像がニュース番組で流れていました。
 この曲の邦題は「青いカナリア」がダイナが発売したシングルでの本来題ですが、その後「青いカナリヤ」と「ア」を「ヤ」に変えても「あっ、ダイナ・ショアの曲」と通じる様に成ったほどダイナの代名詞です。本国では「ボタンとリボン Buttons and Bows」が No.1ヒットと言う事も有り彼女の代表曲に成っているようです。



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
You Look So Lonely Tommy Boyce (1961's Single) Tommy Boyce


 トミー・ボイスの曲は上記最初の方に "I'll Remember Carol" を取りあげています。そこにも記していた "Along Came Linda" のシングルB面として出されていたのがこの曲 "You Look So Lonely" です。オールディーズ・ポップスの自前集等を作る時には必ず入れてしまう程、わたしにハマった曲ですので再度トミーズ・ソングをチョイスしました。ほんのりと甘酸っぱさもある永遠に良き時代のアメリカン・ティーン・ポップスで忘れられない曲です。
 以前`93年〜`96年迄運営していたオールディーズ専門会社「エーサイド・レコード」という会社からトミーが自殺した翌年の`95年に「トミー・ボイスに捧ぐ」というCDを出していました。全曲曲作りにトミーが参加した曲集ですが、自身歌唱曲だけでなく他者提供他者歌唱曲が多く、この曲は漏れていました。Boyce & Hart も含めてCD発売分はすべて入手していると思いますが現在この曲はCD化されていない感じです。LP時代の`68年に発売されたベスト盤に収録されています。
 A Twofold Talent / Tommy Boyce