Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
You Can't Run from Love | Eddie Rabbitt (1982's Album "Radio Romance" & `83's Single) | Eddie Rabbitt, David Malloy, Even Stevens |
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エディ・ラビットは`60年代中頃にはデビュー経歴が有りながらチャートの常連に成ったのは`70年代中頃で最も人気の高かったのは`80年代(ただ日本での人気は一部のファンのみ?)。エルヴィス・プレスリーに "Kentucky Rain" が取り上げられて知名度が上がったニューヨーク出身のカントリー系シンガー。テネシーでなくニューヨーク育ちという事で都会的なサウンドでカントリー調ソングを多く発表していました。丁度『アーバン・カーボーイ』という映画がヒットしていた頃で彼の歌う曲を『アーバン・カントリー』と呼ばれていた様です。 POPチャート登場は14曲で1位ヒット1曲を始め10位以内が4曲でしたが、カントリー・チャートでは43曲がチャートイン、うち23曲が1位のヒットと異様なヒット・メイカーでした。どの曲もヒットして当然といった曲ですが、私的には [好み度合い] 70点後半〜80点台が多く、「忘れがたい」曲というのはこの曲が一番です。 当にアーバン・カントリー!『アンアン』,『ノンノ』から『CanCam』,『ViVi』といった雑誌に人気が以降し出した時代、`80年代を思い出す懐かしさです。この曲、アダルト・コンテンポラリー・チャートでも2位迄上がっていました。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
We Should Be Lovers | Phyllis Hyman (1983's Album "Goddess of Love") | Joseph Jefferson, Charles Simmons, Sherman Marshall |
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フィリス・ハイマンは前ページ内で78曲目、79曲目で既に2曲選んでいますが、もう一曲彼女の6作目のアルバム収録曲を。彼女はジャズ・クラブで歌う事から音楽界に入った人ですので、Buddah 時代はゲイリー・バーツやレジー・ルーカス等ジャズ畑プレイヤーのバックで録音していました。(死後に発売された10作目にはジャズ・ヴォーカルの素晴らしい歌唱も有ります) 人気の出なかったBuddahを離れて、Arista 移籍後にディスコ・ナンバーでヒットを出して一般人気を得ましたが、ディスコ系のみでなくスローやミディアム・テンポで、じっくり、しっとりと歌い上げることが出来るシンガーで大好きなシンガーのひとりです。 この曲は、シグマ・スタジオ録音らしくフュージョン系サウンドのスィート・ソウルです。アーバン・コンテンポラリーというジャンルに分類されるのでしょうか、コートを羽織りたくなるような季節によく似合います。 レイ・パーカー・ジュニアの "A Woman Needs Love" 等と一緒のテープに入れて良く聴いていました。こういった都会的なスタイルを聴くと上記のエディ・ラビットの曲同様、`80年代前半の時代を思い起こします。まだアメリカ資本だった時代のタワーレコード (今はドコモが筆頭株主) が三宮センター街に有り(その後の関西の大阪店・京都店よりも広面積店舗でした)黒人シンガー物は南部系よりも都会的なものが多く有ったと思います。 ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
You Gonna Make Me Love Somebody Else (冷たくしないで) | The Jones Girls (1979's Album "The Jones Girls") | (Kenny Gamble, Leon Huff | |
1970年代後半はフィリー・ソウルと呼ばれるシグマ・サウンド・スタジオ録音で Philadelphia International レーベルから出されるアルバム、シングルがチャート上位の常連に成っていました。確かに今聴いてもはっきりと覚えている曲が多数あります、そしてヒットした曲は古さを感じない曲が多いです。日本の小室ソングとAVEX と似た部分も有りますね。`79年デビューのジョーンズ・ガールズのこのシングル、ポップ・チャートでは中ヒットでしたがソウル・チャートでは5位まで上がるヒットと成っています。ディスコ、クラブでもかなり流された様です。 "ソウル・トレインのテーマ" やスリー・ディグリーズのヒット曲を作ったソング・ライター・コンビのギャンブル&ハフ作品で一度聴いたら忘れられない曲です。邦盤シングルの "冷たくしないで" はプレスリーの別曲の方が邦題として圧倒的に有名で、こちらの邦題はほぼ忘れ去られています。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
A Hurricane Is Coming Tonite (恋のハリケーン) | Carol Douglas (1974's Album "The Carol Douglas Album" & `75's Single) | Alan Bernstein, Eddie O'Loughlin |
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イギリスの女性歌手 Sunny が歌ってヒットした "Doctor's Order 恋の診断書" のカヴァーをアメリカでヒット(POPチャート11位、ダンス・チャート2位)させて、一躍有名になったシンガーで初代のディスコ・クィーンと云っても差し支えないキャロル・ダグラスのセカンド・シングルが "A Hurricane Is Coming Tonite 恋のハリケーン" 。本国ではBB誌POPチャートの81位止まりでしたが日本ではかなりヒットしていたように思います。この曲も40数年経ても色あせない軽快さが詰まっています。初期ディスコ・チューンの名曲でしょう。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
99½ (Ninetynine and Half) | Alton McClain & Destiny (1978's Album "Alton McClain & Destiny") | Carol Lynn Towns (1984's Single) | John Footman, Maxi Anderson |
2020年12月にブレイキン (ブレイクダンス) がオリンピック競技に成ることが決まったと発表されました。ビバップ・ステップのストリート・ダンスがスポーツ競技に認定されたの?と驚きでしたが、この映画は`84年に公開されてその後国内でレーザー・ディスクで映像版が発売されたものを購入して観ました、サウンド・トラック・アルバムも買いました。 映画『フラッシュ・ダンス』のヒットの後でしたので、主演のジェニファー・ビールスに続いてルシンダ・ディッキーも人気が出てこの映画も結構楽しかったのですがレーザー・ディスクはもう観ること出来ません。 映画の中の一曲では "99½" が一番気に入ってオリジナルのアルトンマックレーン&ディステニィ盤をも購入した事を思い出します。 ちなみに本国では『Breakin'』のタイトルでしたが、日本やヨーロッパでは『Breakdance』のタイトルでした。 ![]() ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Believe in the Beat | Carol Lynn Towns (1984's Single & Soundtrack Album "Breakin' 2 : Electric Boogaloo") | Layng Martine Jr. | |
映画『Breakin'(Breakdance)』の続編で邦題は『ブレイクダンス2 ブーガルビートでT.K.O !』、サウンドトラック挿入曲の中ではこちらもキャロル・リン・タウンズの "" が一番気に入った曲でした。ブレイクダンス用の曲と云うより普通のアップテンポ・ポップ・ソウル・ソングでしょう。映画内でも屋外でディスコホールで踊る様に多勢で踊っていました。曲としてはこちらの方が好きですが、本国では映画、曲共々前作に及びませんでした。この頃、日本テレビでもダンス系が良く放映されていましたが、ダンサーの村田香織さんが踊りバックでバックダンサー時代の少年隊が踊っていた『ナイト・スクエア(TBS 関西 MBS)』が深夜に放送されていて大好きな番組でした。司会が宮内鎮雄さん、歌手は中村裕美さんとゲストという懐かしい番組です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Little Child Runnin' Wild | Curtis Mayfield (1972's Album "Superfly") | Curtis Mayfield | |
`60年代のR&Bヴォーカル・グループで一番好きだったインプレッションズのリード・ヴォーカリストだったカーティス・メイフィールド。ソングライターとしても優秀でインプレッションズ時代後期には黒人問題などを意識したメッセージ性の強い曲を作っていましたが、1970年ソロで独立するとその傾向はさらに増し音楽面ではファンクっぽいリズムを好むように成って行ったようです。 この曲が収録されたアルバム『Superfly』は映画のサウンドトラックでもあり、映画はアクション物分類ながらスタッフ・キャストもアフリカ系の人たちで観客をもそういった人達に絞った様な想定で製作されています。 それでも映画はアメリカ全土でヒットし、このサウンドトラックアルバムもビルボード誌ポップチャートで1位になる大ヒットアルバムでした。シングル化は別の曲が3曲出され、うち2曲がトップ10内、1曲が30位台のヒットでした。わたしの気にいった曲はシングル化されなかったこの "Little Child Runnin' Wild"。黒人街で生れた子供たちが充分な親の援助を受けられずに育ち荒くれている様子を歌った歌です。サウンド的にはファンキー色よりも純ソウルっぽい雰囲気を持っています。大好きな曲です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
It's Been Fun | The Emotions (1971's Album "Untouched") | Joe Hutchison | |
Columbiaレーベルに移籍してモーリス・ホワイトと組んで全米ナンバーワン・ヒット "Best of My Life" 等を出し人気ヴォーカル・グループとなったエモーションズですが、デビューは Stax傘下のVoltレーベルからでした。この曲はセカンド・アルバム収録曲でサザン・ロック系で有名なマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオでの録音。 ただ、この曲は南部色はそう感じないで私的にはベティ・ライトを思い起こすようなマイアミ・ソウル的な感じで聴きました。ハッチンソン三姉妹がまだ20歳前後の若い時期の録音なのでハツラツとした伸びる声で`70年代後期から`80年代の全盛期の曲より好きな曲です。 ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Just the Two of Us (クリスタルの恋人たち) | Grover Washington Jr. & Bill Withers (1981's Single) | Toshi Kubota with Caron Wheeler (1996's Single) &Others |
Bill Withers, Ralph MacDonald, William Salter |
フュージョン畑のサックス奏者 Grover Washington Jr. のインストゥルメンタル・アルバムの中で一曲だけ Bill Withers が曲の提供とヴォーカル参加した曲ですが、7分越えの曲のサックスソロ部分をカットして4分未満に編集、ソフト&メロウなヴォーカル曲としてシングル化されました。それでもシングル盤のクレジットは Grover Washington Jr. のみ、その後全米チャートを駆け上がりPopチャートでも2位迄上がりました。そこで初めて、ヴォーカル担当のビル・ウィザースが認識されてその後は、and Bill Withers や with Bill Withers と記される様に成りました。わたしの買ったのもビルのベスト物編集アルバムです。グローバー・ワシントン・ジュニア盤は Elektra レーベル発売でしたが、ビルの『Greatest Hits』盤は Columbia からの発売で当時は全く別の会社から出ていました。元々はソウル・シンガーなのに最新ヒットが邦題タイトルに「クリスタル」が付いたものだから、ガラス瓶のデザインが… と思いきや米盤、英盤もおなじデザインでした。 トップ収録曲のイメージ合ってはいる感じですが、他の曲との兼ね合いもあり、個人的には富裕層感が出すぎて気に入らないデザインでした。カヴァーは久保田利伸さんとキャロン・ウィーラーのデュエット物がありました。 ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Lean on Me | Bill Withers (1972's Single & Album "Still Bill") | Crystal Gayle (1981's Album) & Others |
Bill Withers |
ソウル・シンガー、ビル・ウィザースは上記のグローバー・ワシントン・ジュニアとの共演シングルが全米2位のヒットと成っていますが、自身の完全ソロでも1位曲が有り、その曲がこの曲。ポップ・チャートのみならず本来のソウル・チャートでも1位に成るヒットです。「僕を頼ってよ」と優しく優しく語りかけて貰える永く後世に残って行きそうな名曲です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Top of the World | Carpenters (1972's Album "A Song for You" & 1973's Single) | Lynn Anderson (1973's Single) & Oters |
Richard Carpenter, John Bettis |
日本でも一時代を築いた兄妹デュオ、カーペンターズ。ロックを中心に聴いていた一時期は、「良家の音楽」的な感じがして進んで聴くことはしませんでしたが、ほんの短い期間で幅広く聴くリスナー・音楽ファンに成っていました。 今でこそカラオケ・ハウスやカラオケ喫茶で歌われる洋楽ソングの中でカーペンターズ・ソングはトップ10内に必ず入ってくるほどです。しかし`70年代前半に日本で登場したカラオケは`70年代後半には一般庶民の娯楽に成っていましたが、配信選曲でなくソフトの中に曲が入り、歌詞ブックを見ながら歌う時代は、洋楽などは無く、`70年代新作歌謡曲など勿論入っていません。ソフトに入っていた曲の九割ほどは軍歌・戦時歌謡!若者世代だったわたしは歌う事すらできず聴かされるばかりでした。戦争経験者オジサマ族の楽しみだった様です。カーペンターズを聴くとその様なカラオケ初期の時代が浮かびます。この曲はポップ・カントリー調で彼らが持つ全米1位ヒット3曲の中のひとつです。原曲は4枚目のアルバム収録ヴァージョンですが、リン・アンダーソンがカヴァーしてカントリー・チャートでヒットしたのをきっかけに、若干編曲・編集を加えてシングルカットされています。ヒット・ヴァージョンはシングル盤の方です。 わたしにとっても大好きな曲です。カレンがまだドラムスを叩きながら歌っていた時代の曲です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Shain on | L.T.D. (1980's Album "Shine On" & Singles) | Richard Kerr, Jeffrey Osborne, Billy Osborne |
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"Kickin' Back" というファンキー・ナンバーで気に入ったソウル系の黒人バンドで『Love Magic』というアルバムを買いましたが、この曲、何度も聴くとさすがに飽きが来るのですね。(今でも好きな曲に変わりありませんが) その点一作前のアルバムのタイトル・ナンバーはメロウなソウル・ナンバー。L.T.D.というバンド、最初にヒットした曲が "Love Ballad" だった様にメロウなバラード曲も数曲残していました。その中でも特に好きな曲がこの曲、"Shine on" 。こちらはBB誌 US-R&Bチャートで19位 POPチャートで40位と中ヒット程度でしたが、こうした従来のヴォーカル・グループ並のコーラス・ワークを聴かせてもらえると、単にファンク・バンドで語るには惜しい気がするバンドでした。この曲の作者のひとりでもあるリード・ヴォーカルのジェフリー・オズボーンはこの後脱退ソロに転向しています。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | |
You'll Never Know (センチメンタル・ナイト) | Hi-Gloss (1981's Single) | Giuliano Salerni, Phil Hurtt | |
この曲もディスコ・ミュージックながらメロウな曲で、聴けば聴くほど味が出てくる渋い曲です。BB誌のダンスソング部門のチャートで最高位が31位でしたので中ヒットレベルだったのですが、哀愁を帯びたサウンドが日本人にも受けたのか、邦題の「センチメンタル・ナイト」と邦盤ジャケットの夕暮れのニューヨーク写真がマッチして、日本ではかなり流れていた気がします。わたしの購入盤は`92年CD化後の盤ですが、時を経て今聴き直しても懐かしさと新鮮さが入り混じる良い感じを味わえます。 Hi-Gloss はBonita TaylorとPhillip Ballou という人がリード・ヴォーカルを担当し、Luther Vandross 他がバッキング・ヴォーカルを担当していますが、バック演奏陣はスタジオ・ミュージシャンが集まった短期間ユニットだったとの事。 ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Ain't That a Bitch | Johnny "Guitar" Watson (1976's Album) | Johnny "Guitar" Watson | |
ジョニー・ギター・ワトソンはブルース・マンで Chess や OKeh といったブルース系レーベルから作品を出していましたが、この曲をタイトル曲とする同名アルバムは DJM というレーベルから出て、この曲は完全にファンク・ミュージックに成っていました。そしてこれ以降のアルバムはファンク系路線で進み、アルバムカバーの写真もキザでチャラいいで立ちの物が続いています。この曲暫くは気に入っていて良く聴いていたのですが、他のファンク・ミュージックより軽く感じて次第に飽きて終い,長く聴かなかったのです。ところが一度は気に入った曲、久しぶりに聴いてみたらやっぱりチャラくていい加減な投げやり的な歌い方ながら、スィング感がやけに気持ち良いのです。時が経ってから聴き直して、以前に気に入ったのは間違いじゃなかったと思えた曲でした。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Beast of Burden | The Rolling Stones (1978's Album "Some Girls" & Single) | Jaggar-Richards | |
とっくにR・ストーンズのこの曲の事をページ内で触れていたと思っていました。ストーンズは「大好きな」と迄は行かないですが、「普通に好きな」バンドです、そして重要なバンドですので20世紀中の作品は勿論21世紀に入ってからのアルバムも一応すべて買い続けています。それでもやはり`60年代後半〜`80年代中頃までの曲に好きな曲が多いです。 `70年代後半発売のアルバ『Some Girls』から正式メンバーとしてロン・ウッドが参加していますが、キース共々ロンもガンガン弾きまくるリード・ギターリストタイプでなく、リズム感が抜群で味があり、バンド内に必ず存在して欲しくなる様な人ですが、このアルバム全体で流れるリズムリフその雰囲気がよく出ていました。 そしてこの曲も単純なリズムで進んでいきますがアメリカン南部サウンド的な作りでサザーン・ソウル好きなわたしにはドはまりの大好きな曲の一曲に成っていました。最初にシングルカットされた "Miss You" が全米チャート、1位になり、この曲は8位止まりでした。どちらもディスコティックで流れても違和感ない曲ですが、当時のアメリカ人たちには "Miss You" が若干アーバン感覚でこの曲からカントリー感覚な雰囲気を感じたからでしょうか? |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
I've Been Down So Long | Sandra Phillips (1970's Album "Too Many People In One Bed") | Jerry Williams, Jr.,Gary Bonds | |
`60年代にデビューして数枚シングル盤を出した後、Canyon レーベルから出したアルバム内の一曲。その後は女優としての道を進んだ模様のサンドラ・フィリップス。殆ど無名に近いシンガーですが、このアルバムはLP時代`80年代後半に日本の P-Vine レーベルで発掘発売されたり、CD時代に成りドリス・デューク、ベット・ウィリアムス、ルース・ブラウン達とそれぞれカップリングで三度も再発されています。 プロデュースがスワンプ・ドッグ (Jerry Williams) でその関係で少数ながらも根強いファンがいるのでしょう。この曲 "I've Been Down So Long" はアルバム二曲目収録曲で作者は Jerry Williams, Jr. (スワンプ・ドッグの本名) ,Gary Bonds (ゲイリー・U.S.ボンド) と`60年代初期、R&B界、R&R界の大御所。 曲調は明らかにオールド・ソング風な流れですが、カントリーっぽさをも含んだサザーン・ソウルの原点の様に感じる出来です。この手の曲が好きな人にはたまらなく心に染みてくる懐かしさを持っています。他の曲も良いです。 私の購入盤は Bette Williams とのカップリングで出たUK Kent Soul 盤です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
I Started a Joke (ジョーク) | The Bee Gees (1968's Album "Idea" & Singles) | Barry Gibb / Robin Gibb / Maurice Gibb | |
ビージーズの曲は前ページで "To Love Somebpdy" を取り上げ成したが、この曲も "Words" や "I've Gotta Get a Message to You" と並びアメリカでヒットした初期ビージーズ・ナンバーの一曲で日本でも有名な曲です。ヴォーカル・ソロはロビン・ギブでギブ兄弟の中で一番きれいな声の持ち主でした。忘れられない声質です。そして歌詞は哲学的ながらも初期のヒット曲の中でも秀逸なメロディーを持った素敵な曲です。 このシングル盤発売後メンバーが5人から4人に成り、そして一旦ロビンがソロシンガーに転向して行きました。その後`70年秋に三人兄弟にて再出発しています。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Disperately (恋のショック) | The Love Machine (1978's Single) | Norman Bergen, Reid Whitelaw | |
ディスコ・ブームといえば殆んどの人がバブル時期の華やかな頃を思い出されるでしょうが、もう少し昔の世代では`70年代中頃の「Soul Train」のテレビ放映開始時期を最初に浮かべるでしょう。アメリカのソウル・ミュージックやファンク・ミュージックの流行が先駆けだったと思いますが、徐々にヨーロッパにも広がりそしてユーロ・ディスコ系の音楽も日本に入って来ていました。(後のユーロ・ビートに発展する少し前です) この "Disperately (恋のショック)" はその様なユーロ・ディスコ・タイプの曲でかなりラジオでも流れていましたし、ディスコでは相当流されたと思います、一度聴いたら忘れられないタイプの曲です。ヨーロッパ系の音作りながらメンバー7人はアメリカ人で作者に名を連ねている Norman Bergen グロリア・ゲイナーの楽曲にも関わっている人の様です。シングル盤のライナーには「去年の12月にミラクルズと一緒に来日・・・」と記されています。その記憶は無かったですが。 グループ名は日本語でラブ・マシーンですが原語ではThe Love Machineと冠詞付きです。(モー娘さんのは "LOVEマシーン") ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Sweet Talking Woman (スウィート・トーキン・ウーマン) | Electric Light Orchestra (1977's Album "Out of the Blue" & 1978's Single) | Jeff Lynne | |
エレクトリック・ライト・オーケストラの曲で作曲者はリーダーのジェフ・リン。スロー〜ミディアムの軽やかなディスコ・ポップで英米でヒットしています。ただ、オールディーズ・ポップスも大々好きなわたしとしては、どうしてもクリスタルズのヒット曲 "He's a Rebel" (ジーン・ピットニー作) に極似だと感じてしまいます。`60年代のポップス・シーンでの最重要人物フィル・スペクターがロネッツの次にヒットさせたガールズグループ最大のヒット曲で多くの人に知られている曲なのに、そのことを取り上げられることは無かった様です、ジェフ・リンがスペクターをリスペクトしているのをみんなが知っていたからでしょうか。 この曲も一度聴いたら忘れられない曲ですね。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Days (デイズ) | Kinks (1968's Single) | Ray Davies | |
レイ・デイヴィスが率いたキンクスの1968年発表のシングル曲。キンクスの音楽性はレイ・デイヴィスの多彩な音楽性によって年代ごとに作風が違いますが、どの時代の曲調作でも印象深い曲を残しています。 権威ある『Rock and Roll Hall of Fame』で`88年ビートルズ、`89年ローリング・ストーンズ、そして`90年にキンクスとブリティッシュ・バンドの中でも後年に影響を与えたバンドだと早くから認知されていた様です。 この曲は初期のキンクスからは想像も付かないような、どこか可愛らしい雰囲気を持った曲調で綺麗です。「青春の終りにふと振り返る懐かしの日々」といった感じでしょうか?丁度同時期に頭角を現してきたビージーズの曲に似ています。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Summer Is the Man | The Blues Magoos (1967's Album "Electric Comic Book" & Single as B-side "I Wanna Be There") | Mike Esposito, Ron Gilbert | |
初期ビージーズ調で思い出すのが "We Ain;t Got Nothin' Yet 恋する青春" を「60年代ロック〜Old Rock」のページでも記しているブルース・マグースの意外なこの一曲です。わたしが最初に買った彼らのアルバムは発売から10年ほど経っていた頃で、日本編集の『Tobacco Road』という「恋する青春」が入った日本独自盤と米盤のセカンド・アルバム『Electric Comic Book』でした。この曲はセカンド・アルバムに入っていまして、サイケデリック・バンドのイメージが全く感じられない程の可愛らしい曲で印象深かった曲です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Baby Let's Wait | The Young Rascals (1966's Album "The Young Rascals)" | The Royal Gguardsmen (1966's & 1968's Single) |
Laurie Burton, Pam Sawyer |
この曲の正式発表日付がどちらが先かは確信を持てませんが、熟考の結果。ヤング・ラスカルズの方を優先しました。Y・ラスカルズの方はは`66年3月発売のデビュー・アルバム収録(シングル化は無し)、ロイヤル・ガーズメン(日本では当初、ロイヤル・ガードメンと記載されていた)の方は`66年10月に一度シングル発売後の後、`68年に再発シングル化してBB誌35位迄上がるヒットと成ってた記録があります。 わたしが買ったのはY・ラスカルズの方が先で`70年代に買ったラスカルズ時代のベスト盤 (大好きな"Groovin'" 収録) の後にヤング・ラスカルズ時代のデビュー・アルバムが日本発売された時です、(`81年)。 ロイヤル・ガーズメンの方は『I Love Rock & Roll Volume 4』収録で21世紀突入後のCD盤です。目当てはボックス・トップスの "Sweet Cream Ladies" という曲。ラスカルズもボックス・トップスもソウルっぽいロック・バンドとして人気の有った`60sバンドです。ところが最も気に入ったのがR・ガーズメンのこの曲でした。Y・ラスカルズで聴いていた時は他の曲に埋もれて聞き流していた様でそんなに意識していなかったのですが、R・ガーズメンの方は初期`60年代のビージーズ風で綺麗に盛り上げていく歌い方で一気に気に入りました。 オリジナル発売はY・ラスカルズとしながらも好きなヴァージョンはR・ガーズメンの方だと云える曲でした。(Y・ラスカルズ・ヴァージョンならば「`60's Rock」の方に入れたでしょうが) ![]() ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Me and You and a Dog Named Boo (僕と君のブー) | Lobo (1971's Single & Album "Introducing Lobo") | Kent LaVoie | |
ロボという妙な名前のシンガーが「ブー」という名の犬を飼っている女性と一緒にドライヴをするといった歌です。 淡々と流れる歌で強いインパクトはないのですが、ラジオで流れているのを聴くと何故か優しい気分にさせられました。最初は Roland Kent LaVoie という本名でグラム・パーソンズらと一緒に音楽を始めていたという事の様で、最初はカントリー系の曲が中心だったのでしょうね。この曲は純ポップス系の可愛らしい歌です。英米どちらのヒット・チャートでも5位以内に入いっています。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Maybe Tomorrow | The Iveys (1968's Single & 1969's Album "Maybe Tomorrow" & Badfinger's Album "Magic Christian Music") | Tom Evans | |
"Maybe Tomorrow" アイビーズはバッドフィンガーと改名する前に使っていた名前であるという事はポップスファンなら知っているお話ですが、色々とヤヤコシイ事が起こったバンドでした。Apple レーベルと契約して先ず最初にこのシングルが`68年に、欧米で、`69年に日本で発売され、`69年にアルバムが独・伊・日のみと英米でのアルバム発売は見送られてしまったのです。シングルは`69`年に米BB誌Hot100で67位のヒットはしていましたが本国イギリスでなどでは不発でした。その後メンバーのロン・グリフィスが抜け、ジョーイ・モーランドが加入してバンド名を変更。そしてバッドフィンガー名義での初アルバムに、アイヴィーズ名義でのアルバムから7曲を再収録されたのです。ロン・グリフィス脱退前にはバッドフィンガー名に替えたようなので、そこは納得でしょうか。 日本でのみこの曲のシングルは再発され、アイヴィーズ名義の際は「メイビー・トゥモロウ」、バッドフィンガー名義の際は「明日を求めて」と改題されて小ヒットしていました。将来を期待されていたポップ・ロックバンドでしたが、契約関係でピートとトムが自殺死と痛々しい限りのバンドです。前ページで "Without You" という美しい曲を取り上げましたが、この曲も「明日になればきっと〜が有る」と彼らが若い時に夢を描いた歌詞がヤケに心に染みて、その上この若々しくも素朴なメロディーが胸を打ちます。往年のポップス・ファンならば忘れないでいて欲しい曲です。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
If I Can Sing A Song | Herb Pedersen (1976's Album "Southwest") | Nikki Pedersen, Herb Pedersen | |
ハーブ・ペダーソンの曲は前ページで昔から大好きだった "Wait A Minute" という曲を取り上げていましたが曲を最初に録音したのはジョニー・リバースでヒットさせたのもジョニーですが、後に作曲者のハーブも自身で録音していました。ハーブは`60年代初頭からカントリー系のアーティストと多く共演しており様々な人と一緒にアルバム作りに参加していた人で自身の曲を多くの人が先に録音しています。わたしの持っているのではリンダ・ロンシュタッドやエミルー・ハリスのいくつかのアルバムに曲を提供していました。 よってこの曲ももしかしたら誰かに先に提供している曲なのかも知れません。ただ。調べたところどうもその筋の情報が入手できなかったので、ここで初録音アーティストとして取り上げます。 ジャクソン・ブラウンやリンダ・ロンシュタッドが出現してきた頃のアメリカ西海岸のあの「音・サウンド・風」をモロに感じられる一種の懐かしさを感じられる曲です。作詞のニッキという人は奥様か姉妹さんでしょう。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Just Anither Lover Tonight (行きずりの人) | Cheryl Ladd (1981's Album "Take a Chance" & 1982's Single) | Brian Russell, Robbie Palton | |
`70年代後半に日本で放映されていたアメリカのテレビドラマ『チャーリーズ・エンジェル』。初期のシーズンは殆んど終わり近くしか観なかったのですが、途中から結構楽しんでよく観ていました。そこでファラ・フォーセット ・メジャーズに代わって、エンジェルのひとりを演じていたシェリル・ラッドがシンガーとしてシングル盤やアルバムを出していました。彼女はもともと若い頃にグループでレコード・デビュー経験が有ったとかで、ソロでのデビュー・アルバムの人気は本国での方が先だったのに、2〜3年でアメリカより日本で売れる歌手に成って行きました。この曲も、アルバム、シングル共に日本でしか発売されていない様です。結構印象に残っている曲を歌っていましたが、この曲が一番印象的で好きな曲です。 ![]() |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Morning Sun | Carole King (1978's Album "Welcome Home") | Carole King | |
キャロル・キングが三番目の旦那さんリック・エヴァースと共演したのはたった二作ですが、その二作目のアルバム『Welcome Home』に収録された曲。アルバムカバーの仲睦まじい二人が印象に残りますが、その幸せな日々をあらわすかの様な、精気に満ちた歌声、演奏で人に勇気を与えてくそうな曲です。バックのサポートバンドは、マーク・ホールマン達のナヴァロです。 |
Title | Original Singer or Group | Cover Singer or Group | Song Writer |
Seventeen | Adrian Gurvitz (1980's Album "Il Assassino" & Single) | Adrian Gurvitz | |
エイドリアン・ガーヴィッツという人、ブリティッシュ・ハード・ロックバンド Three Man Army のギターリストだったのですね。全く知らなかったです、というのもファースト・アルバムを買って聴いた後、セカンド以降を買おうとは思わなかったバンドでしたので、気にもしませんでした。 また The Graeme Edge Band の持っている唯一のアルバム『Paradise Ballroom』にも参加していました。ポール・ガーヴィッツと兄弟だとか. . .この事実も知りませんでした。 それがソロ・シンガー、ソングライターとして音楽界で活躍していたのですね。この曲は日本でのみのシングル盤発売と成っている様です。`60年代、`70年代は結構、日本受けしそうな曲を日本でのみシングル化する事ありましたが、`80年代でのこの判断は正解だった様です。 自然に囲まれた土地で育ち、やがてアスファルトやコンクリートで固められた街で過ごすと、時々都会独時の寂しさや孤独感を味わってしまう事が有るのですが、その様な味わいがこの曲には有ります。若い日を思い出します。 ![]() |
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